弥五郎どんのお父さんとお母さんは当時の農家の夫婦です。
弥五郎どんの身長は約4メートルです。
山之口弥五郎どん祭りは都城市山之口町で毎年11月3日の祝日に執り行われています。この祭りは今から約1,300年前の養老四年(西暦720年)に大和朝廷と隼人族との戦いの「隼人の乱」がその由来となっています。
「隼人の乱」が一年数か月にも及んだこの戦いで、隼人の人々は勇猛に戦いましたが圧倒的な兵力に勝る大和朝廷により鎮圧されてしまいました。この戦いで隼人族は1,400人もの犠牲者を出しました。また、斬首などの残虐行為も行われ傷ましいものとなりました。
大和朝廷は「隼人の乱」で犠牲になった隼人族のたたりを恐れ、全国的規模の放生会(ほうじょうえ)と言う儀式を行いました。
この放生会の先導役となったのが隼人族の首長であったと言われている弥五郎どんです。
また、弥五郎どん祭りは的(まと)野(の)正八幡宮(しょうはちまんぐう)の神様の応神天皇が同八幡宮分社の池之(いけの)尾(お)神社(じんじゃ)に祀られている応神天皇の母である神(じん)功(ぐう)皇后と年一回面会し、一緒に浦安の舞や神楽舞などを終日楽しむという伝説にも由来しています。
中でも浜(は)殿(ま)下り(くだり)行列は盛大の中にも古式豊かな一大絵巻で素朴さに特徴があり、昔とほとんど変わらない伝統行事となっています。
祭りの見どころはなんといっても子どもとともに浜殿下り行列の先払いを威風堂々と務める弥五郎どんです。
庶民に親しまれている弥五郎どんは、竹で編まれ麻の薄い着物一枚しか着ていない素朴な御神体です。“弥五郎どんゆかりのものに触れると病気をせず、一年中元気で過ごせる”という言い伝えがあり、人々は弥五郎どんの着物などに触れて一年の健康を祈願します。
Q やっくん今日はよろしくね?
はい、こちらこそよろしくお願いします
こちらこそよろしくお願いいたします。今日はどんなことが知りたいですか。