出世景清」 初段「大仏殿普請の段」(ちゅのたて)
さてもそののち、いでそのころはぶんじごねん、はるすぎてなつきにけらししらはたの、げんじのたいしょうよりともこうは なんととうだいじだいぶつさいこうのごがんにて、はたけやまのしげただぶぎょうしょくをうけたまわり、松にも花をかすがのや、とびひののべにかりやをうたせ、よこめちょうづけかんじょうがた、やまとだいくにひだたくみ。そまいりきづくりことおわり、きょうきちじつのはしらだて。我が身はさじきにいちだんたかく、むらこうのおおまくうたせ、つづいてみえしは本田のじろうそのほかのさむらいども。ちょうばちょうばにしるしを立て、ゆみ・やり・ なぎなた・ふきぬきに、やなぎ・さくらをこきまぜて、はなやかなりけるごふしんなり。
かくてばんしょうのとうりょう・もくのかみ・しゅりのかみ、おのがしなれるいでたちにてえほうにうちむかひ、まずやがためのさいもんをとなへつつ、ごへいをふってさいはいし、ておのはじめのそのぎしき、げんじゅうにこそつとめけれ。
むべも富みけりさきぐさの、みつば、よつばのだいがらん、ておのはじめのことぶきに、ちよをかためてはしらだて。春は東に立ちそむる、これはばんもつの初めなり。夏は南にめぐる日のあやめがのきやかおるらァァん。
ぶつぽうはんじょう、しかいちんごのだいがらん、によいばんそくのはしらだて、めでたしめでたし、オゝめでたしと、ておのおっ取り、ちょうちょうちょう。つちを取っては、しっていしってい。かんな取りのべさらさらさら。えいさらさら、ちょうちょうちょうと、打始め、取始め、さんさんくどのみきをささげて、ちたびももたびきねんして、しげただにしきだいし、とうりょうのざをさがりけェェる。ておの始めもことなくすぐれば、すうせんばんしょうしもじもまで皆々小屋にぞいりにけェェり。
はるかのあとよりしじゅうばかりの男なるが、にんそくとおぼしくてひるがれいのひつをにない、ほおかむりして通りける。ちちぶのしっけん、本田の二郎、きっと見て、
「ヤア、これなるげろうめは、かゝるはれいの庭なるに、ほおかぶりはかんだいなり。しきだいせよ」ととがむれば、かのものこごえになり、
「さほうも知らぬしもじもなればごめん」
と言ってつうっと通る。
「どこへどこへ。さてさて、ぞんざいせんばんなるやつめかな。ほおかぶりを取らずんばだれかある、それ打てたたけ」
とげちすれば、ちゅうげんどもうけたまわりにばらりと取りまわす。ばんしょうのとうりょう、このよしをみらるるよりも、
「いやこれ本田殿。きゃつはそのひやといのにんそくにて、しゃべつも知らぬ下郎なれば、さぞすいさんもそうろうべし。さりながら、かかるめでたきおりなれば、ただなにごともおんびんに はからひたまへ」
と申しけり。本田聞き入れず、
「いやさ、彼めは、ちと人ににたる者のそうろう」と言えば、
「さて、めずらしや本田殿。人が人ににたるとは、ことあたらしうそうろう。いかにげろうめ。おのれだいぶんのぜにを取りながら、かたをして働かず、おうちゃくひろぐゆえにこそ人々にもあやしまれ、しゅうぎのじゃまをなしけるよ。あたいをそんにするまでぞ。まかり帰れ」
としかりければ、よきさいわいいと景清は、になひいしひつをおろし置き めいわくさそうに もみ手をして、表にこそはいでられェェる。
しげただまくのうちよりごらんじて、
「しばらくしばらく。いかにかたがた、へいけのおちうどこゝかしこにしのびいて、君をねらふうと聞きけるが、ただ今の人足、まさしくあくしちびょうえと見しは ひが目か。ヤア、あれ余すな。言ふてもこれはいちだいじのはしらだてのきよめの庭。けがらわしてはいかがなり。前なるのべにおいだし、うってすてよ」
とのたまへば、もとよりはやるかんとうむしゃ、我も我もとかけむかう。景清これを見て、にないぼうにしこみたる くだんのあざ丸するりと抜いてさしかざし、たいせいをゆんでに受け、頭をたたいてかンらかンらとうち笑ひ、
「これお侍、それがしはおはをからせし鎌倉の浪人者にてそうろうが、ちょうせきにせまりかゝるわびしきいとなみをつかまつる。さすがひとめの恥ずかしく つらをかくしてありければ、なんぞやそれがしをあくしちびょうえかげきよとは、まなこがくらみてありけるか。ただしは、其の景清がおそろしさにおもかげに立ちけるか。よォし何にもせよ、これ程ほどまでぞうごんせられ かんにんまかりならず。」景清程こそあらずとも そっと手なみを見せんずと、例のあざ丸こわきに掻込かいこみ たぜいが中に割って入り、ひみずになれときり合いける。
じこくもうつらぬその内にじゅうし、ごにんきりふせ 重忠にけんざんと、ここのつまりかしこのくまに かけいりかけいりさわげども たいせいにへだてられ、
「いまははやこれまでなり。ふかいりしてぞうひょうにておわされては、景清がまつだいまでのなおれなり。またこそじせつあるべけれ。」いでおっぱろうて落ちゆかんと、ばんしょうばこを押開き、大のみ・小のみ・ておの・のこぎり・やりかんな、くっきょう一のしゅりけんと、おっとりおっとり 打ち立つれば、さしも勇むぐんぴょうども、わっと言うてはさっと引く。なおも寄せ来る者どもを、小屋のこばしらひんぬいて はっぽうむぐうに振りまわれば、秋のあらしに散るもみじ、むらむらばっとぞ逃げにけェェェる。
「オオ さもさうず、さもあらん。」このたびはしそんずとも、この景清がいちねんの、つるぎは岩を通さんものをと、おどりあがり飛びあがり、歯がみをなして行く雲のォォォォ 月の都にのぼりけるゥゥゥゥ。悪七兵衛がちからわざ、はやわざ・かるわざ・じんつうわざ、ただ飛ぶ鳥のごとくなりとて おそれぬ者こそなかりけェェれ。

文治五年 西暦一一八九年
匠(たくみ) 職人
杣(そま) きこり
桟敷(さじき) 祭見物のために地面よりも高く設けた床
普請(ふしん) 建築工事
番匠(ばんしょう) 大工
おのがし めいめい・思い思いに
出立ち 身じたく
恵方(えほう) めでたいと決められる方向
御幣(ごへい) 御祓の時、神主が手にささげ持つ具
家型め(家固め) 新築祝いの儀式
伽藍(がらん) 寺・寺院
ちょうちょう 続けて打つ者
色代 頭を下げて礼をすること・あいさつ
おぼし 見受けられる
櫃(ひつ) ごはんを入れておく器
緩台(かんだい) 無礼
ぞんざい いい加減なさま
千萬(せんばん) はなはだしい
仲間 武家社会で雑役に従事した者
差別(しゃべつ) ものごとのあいだの違い・区別
推参(すいさん) おしかけて行くこと。相手の所へ行くこと。
くだんの(件の) 前に述べたことの・例の
弓手(ゆんて) 左の方・左側
尾羽を枯らせし 落ちぶれてみすぼらしくなる
朝夕 つねづね・ふだん
雑言(ぞうごん) 種々の悪口
隈(くま) 奥まったところ
くっきょう きわめて強いこと
さしも それほど・たいして

「出世景清」 第二段「阿古屋住家の段だん」(つくりぶん)
さてもそののち、ここにあこやがいっぷくの兄、いばのじゅうぞうひろちかは、きたのもうでをしたりしが、おおいきついで我が家に帰り、妹の阿古屋をかたわらに招き、
「これを見よ、まことにかほうは寝て待てとや。あくしちびょうえかげきよを討ってなりともからめてなりとも参らせたる者ならば、くんこうは望みしだいとのごせいさつをたてられたり。われらがえいがのずいそう、この時とおぼえたり。兵衛はいずくにありけるぞ。はや六波羅へうったえて、ひとかどごおんに預らん。いかにいかに」
と仰おおせける。阿古屋はしばしへんじもせず、涙にくれていたりしが、
「のう兄上、そもやおんみは本気にてのたもうか。ただしはきょうきしたもうかや。わらわがつまにてそうらえば、御身のためには いもうとむこ、この子はおいにて候わずや。平家のみよにて候わば、誰かあろうかげきよと、飛ぶ鳥までも落ちし身が、いまこの御代にて候えばこそ、かずならぬ我々をたのみておんいり候うものを、たとえばにっぽんにからを添えて給わるとて、そもやそにんがなるべきか。飛ぶ鳥、ふところにいるときは、かりうども助くるとよ。きのうまでもけさまでもへだてぬなかを、そもやそも、のがりょうものか。さりとては、ひとはいちだい、なはまつだい。思い分けてもごらんぜよ」
と泣いつ、くどいつ、とどめける。十蔵からからと打ち笑い、
「やれ名をおしみて得を取らぬはむかしふうの侍とて、とうせははやらぬ古いこと。そのうえ、ごへんがおっとよつまよなんどとて、しんじゅうだてはしけれども、あの景清はな、だいぐじが娘、おののひめにさいあいし、おんみがことはとうざの花、後悔するともかのうまじ。おんなさかしくてうしうらぬとはごぶんがことぞ。しょじは兄にまかせよ」
と飛んでいずれば、また引きとどめ、
「いやだいぐじの娘は人の言いなしわるくちぞや。景清殿に限り、さようのことは候うまじ。よし人はともかくも、わらわがにせいのおっとぞかし。さほどに思いすえたまわば、子どももわらわも殺してのち、心のままになしたまえ。やあいけらんうちはかなわじ」
とすがりついてぞ泣きたもう。
しかるところへ、あつたのだいぐじよりのひきゃくなり。
「景清様のおんたびやどはこれにてや候うやらん」
と、やがてふばこをいだしける。十蔵いであい、
「いかにもいかにも。これは景清殿のたびやどにて候うが、しゅくがんあって、兵衛殿はきよみずさんけいいたされ候う。おんふみをあずかりおき、帰られしだい見せ申さん。明日あすおいで候え」
とひきゃくを返し、きょうだい、ふみを開いてみれば、小野の姫の文にてあり。
「かりそめにおんまいりましまして、いなせの便りもしたまわぬは、かねがね聞きし阿古屋といえるゆうじょにおんしたしみ候うか。未来をかけし我が契り、いかが忘れたもうか」
とこまごまとぞ書かれける。阿古屋は読みも果てたまわず、はっとせきたるきしょくにて、
「うらめしや、くちおしや、ねたましや。恋に隔てはなきものを遊女とはなにごとぞ。子のあるなかこそまことのつまよ。かくとは知らではかなくも。たいせつがり、いとしがり、心を尽くせしくちおしさは人にうらみはなきものを、おとこちくしょういたずら者もの、ああ、恨めしや、むねんや」
とふみすんずんに引き裂きて、かこち恨みて泣き給う。ことわりとこそ聞えけれ。じゅうぞう喜び、
「それ見たか。この上は片たときも早くそにんせん、もはや思い切ったか」
と言えば、
「おお何なにしに心残るべき。せめて訴人してなりとも、この恨みを晴らしてたべ」
「じつによきがってん」
とたちいずれば、また「しばらく」と引きとどめ、
「とは言いながら、いかに恨みがあればとて、つまの訴人はなるまいか。いやまた思えば腹も立つ。憎いはおうなめ、ええぜひもなや」
と、あるいはとどめ、あるいはすすめ、身をもだえてぞなげかるる。十蔵、たもとを振り切って、
「ええりんねしたるおうなかな。そこのけ」
とつきのけてろくはらさしていそぎしは、りょうけんもなきしだいなり。

「出世景清」 第三段「拷問の段だん」(水責め火責め)
かくてそののち、あくしちびょうえかげきよゆくえしれずになり足れば、「もっともてんかのおんだいじ」としょこくのゆかりをせんぎある。中にもあつたのだいぐじは現在のしゅうととて、ちばのこたろうからめ取ってけいごきびしく打ち連れさせ、六波羅にひっすゆる。六波羅の北のでんに新しくろうをたてさせ、だいぐじを押し込めさせ、厳しく番をぞせさせらるる。
おののひめ、父は都の六波羅へとりことなりて、うきめにあわせたもうとの、そのおとずれを聞きしより、せめては憂きにかわらんと、おわりのあつたをたびたちて、六波羅にこそ着かれけれ。
さて、父上のおはしましますろうやはいずこならんと、ここかしこにたたずみたまえば、折もこそあれかじわらげんた、まちまわりしてかえるさにこのていをきっと見て、
「きゃつが有りさまただものならず。なにものぞう」
ととがめける。ひめぎみきこしめし、
「さんそうろう。みずからは、おわりのだいぐじが娘なるが、ゆえもなきに父を取られ候ゆえ、我が命に代わらんため、これまで参りし候」
と、言わせも果てず、かげすえ、
「オオ皆まで言うな。おのれが親のだいぐじに、景清がゆくえを言えと言えども知らぬという。おのれはふうふのことなればよも知らぬことはあるまじき。すでにきよみずざかのあこやは子のあるなかさえ振り捨てて一度ちゅうしんもうせしぞや。ありのままにはくじょうせよ」
とこがいなとっていかりける。
「のう恨めしや命を捨てて、これまでいずるほどの心にて、たとえゆくえを知ったればとて申そうか。この上はみずぜめひぜめにあうとてもつまの行方は存ぜぬなり。ただ父上をたすけてたべ」
と、声もおしまず泣き給う。
「オオ言うまでもないことさ。おのれ落ちずばただおくべきか」
と、たかてこてにしばりつけ、ろくじょうがわらに引き出だし、しゅじゅにごうもんしたりしは、のうなさけのうこそみえにけれ。
かじわらおやこがぶぎょうにて、ほういっちょうにかきをゆい、つくぼう・さすまた・かねの棒、ひょうぐひっしと並べしは、さながらしゅらのごくそつが、はちぎゃくごぎゃくのざいにんをかしゃくにかくるごとくなり。いたわしやおののひめ。あらきかぜにもあてぬ身を、はだかになして縄をかけ、じゅうにこのかけはしに、どうなかをしばりつけ、あわれもしらぬぞうにんども、ゆおけに水をつぎかけつぎかけ、「落ちよ落ちよ」と責めけるは、ただたきつせのごとくにて、目もあてられぬけしきなり。むざんやなおののひめ、息もはやたえだえに、心も乱れめくるめき、既にさいごとみえけれども
「いやいやぶしのつまとなり、こころよわくてかなわじ」
と、さあらぬていにもてなし、
「いかにかたがた、夫のかげきよつねにきよみずでらのかんぜおんをしんこうし、我にもしんじたてまつれと深くおしえたもうゆえ、いまとてもそんごうを絶えずとなえたてまつれば、このみずはかんのんのかんろほううとおぼえたり。今はこの水にてしする命は惜しからじ。つまの行方は知らぬぞや。せんにちせんやも責め給え。なむやだいひかんぜおん」
と苦しき体を押し隠し、いさぎよくはのたまえども、さすが強き拷問に声もにごりて身もふるい、よわよわとなりたもうは、さても悲しきしだいなり。
「このぶんにてはおつまじきぞ。やれこぼくぜめにせよや」
とて、ほそくびになわをつけまつのえだにうちかけて、
「えいやえいや」
と引き上あぐる。おろせば少し息をつぎ、引き上ぐればいきたゆる。あわれというもあまりあり。
「たとえいかなるおにがみも、これにては落つべし」
と、にさんど、しごどせめかければ、今はこうよと見えけるが、また目を開き、
「のうかじわらどの、この木のうえにつりあげられ、せかいをひとめに見おろせども、夫のゆくえはみえ申さず。かたがたもなぐさみに、ちとあがって見給わぬか。これへこれへ」
とありければ、かげすえはらにすえかね、
「さてさてしぶときおうなかな。この上は引き下ろし火責めにせよ」
と、すみたきぎを積み重ね、うちわをもってあおぎたて、あおぎ立て、てんをかすめしくろけむり、しょうねつじごくといいつべし。
すでに責めんとせしところに、あくしちびょうえかげきよいずくにてか聞きたりけん、しょけんぶつのその中を飛び越えはねこえ垣の内におどり入り、
「こりゃ景清ぞ。けんざん」
と、あたりをはったとねめまわし、におうだちにぞ立ったりける。ひめぎみはっときもつぶれ、立ち寄らんとしたまわば、ひとびととって引き据え、
「すは景清をのがすな」と一度にはらりと取りまわす。景清かんらかんらとわらい、
「エエぎょうぎょうし。この景清がかくれんとおもわば、天にものぼり地をももぐらんずれども、つまやしゅうとがうき目を見る悲しさに、身を捨てていでたればもはやきづかうことはなし。さあ寄ってなわをかけ、ろくはらへ連れて行け。妻や舅を助けよ」
と、てむかいしてんずけしきなし。ひめぎみなみだをながし、
「くちおしのありさまや。みずからや父上は生きてかいなきうきみなるに、おんみはながらえほんもうとげんとはおぼさず、なにとてこれへはいでたもう。あさましのごしょぞんや」
と、またさめざめと泣きたもう。景清も涙をおさえ、
「オオたのもしのしんていや。ひとはすじょうがはずかしし。こなかをなせしあこやめはおっとのそにんをしたりしに、おんみはいのちにかわらんとはたのもしやうれしやな。さりながらちちだいぐじのおんごと、こころもとのうおぼゆれば、御身はこれよりとうとうかえりぼだいをとうてたび給え」
と、おにをあざむくかげきよも、ふかくのなみだを流しける、ことわりせめてあわれなり。
このこと六波羅にきここえしかば、しげただだいぐじをどうどうにてろくじょうがわらにはせきたり。
「さても景清ひとのなんぎをすくい、我が身をなのりていでらるるだん、ちかごろしんみょうもっともこうこそあるべけれ。このうえはおののひめ大宮司ともにごしゃめんなさるるじょう、景清に縄をかけ、いそぎひったて申すべし」
かしこまって人々、
「なわよつなよ」
とひしめけば、景清よろこび、
「それこそ望むところよ」
と、おのれとちすじの縄をかかりさきに進めば、小野の姫、
「のうみずからももろとも」
と、かけいで取り付き泣きたもうを、おおぜいなかをおしへだて、あたりをはらってひったていく。
「景清殿のしんてい、ゆうあり、ぎあり、まことあり。ぜんだいみもんのおとこなり」
とて、みなぶしのてほんとあおぎける。

「出世景清」 第四段「牢舎ろうしゃの段だん」(ずやんば)
さてもそのそち、これはさて置き、あこやの前、いやいし・いやわかもろともに、やまさきやまのたにかげに深くかくれておわせしが、かげきよろうしゃと聞くよりも、わが身もあるにあらばこそ、ろくはらに走りつき、このていをひとめ見て
「のう、あさましのごふぜいや。やれあれこそ父よわがおっと」
と、ろうのこうしにすがりつき、泣くよりほかのことぞなき。景清だいのまなこにかどをたて、
「やれものしらずめ。人間らしく言葉をかくるもむやくながら、かほどのおんあいを振り捨て、おっとのそにんをしながら、なんのなまづらさげて今、この所へ来たりしぞ。おのれ、ゆびひとつかないなば、つかみひしいで捨てんものを」
と、歯がみをしてぞいられける。
「げにおんうらみはどうりなれども、わらわがことをも聞きたまえ。兄にてそうろうじゅうぞうそにんせんと申せしを、さいさんとどめて候ところに、だいぐじの娘おののひめとやらんより、したしきおんふみまいりしゆえ、おんなごころのあさましさ、しっとのうらみにとり乱れ、あとさきのふまえもなくとうざのはらだちやるかたなく、と申しつる。こうかいさきに立たばこそ、さはさりながらしっとはとのごのいとしさゆえ、女のならい、たがみのうえにも候ぞや。もうしわけ致すほど、皆言い落ちにてそうらえども、ただいまのよしみにはどうり一つを聞き分けて、ただなにごともごめんあり、こんじょうにて今ひとたび、言葉をかけてたび給わば、それを力にじがいしてわがみの言いわけたてもうさん」
と、地にひれ伏ふしてぞ泣きいたり。むざんやないやいし、父が姿をつくづく見て、
「のう父上ほどのごうの者が、なぜ何故やみやみとはとらわれたまうぞ。いでおしやぶってたすけたてまつらん。」とはしらに手をかけ「えいや、えいや」とおせどもひけども、ゆるがばこそふびんなりけるしょぞんなり。弟のいやわかほだしの足にすがりつき、
「いたいかやちちうえさま、のう痛むか」
と、なであげなで下げ、さすりあげ、兄弟わっとさけびければ、思い切ったる景清もふかくの涙せきあへず。ややあって涙をおさえ、
「やれ子供よ。父がかやうになりたるはな、みなあの母めがあくしんにて、なわをも母がかけさせ、ろうにもははがいれけるぞ。じゃけんの女がたいないよりいでたるものと思へば、なんじらまでがにくいぞえ。父とも思ふな、子とも思わじ。はやはや帰れ」
と叱るにぞ、子どもは母にすがりつき、
「のう父を返しや、ちちうえかえせ」
とねだれなげきしありさまは、目もあてられねしだいなり。あこやはあまりたえかねて、
「よし、この上はみずからはともかくも、かわいいやなきょうだいに優しきことばをただひとこと、さりとてはかけてたべ。のう、子はかわゆうはおぼさぬか」
と、またせきあげてぞなげかるる。かげきよかさねて、
「おことがようなるあくにんにへんとうもせしとは思へどもな、今のくやみをなどさいぜんには思わざりしぞ。さればてんじくにししというけだものあり。身はちくしょうにてありながら、ちえにんげんにこえたれば、かりうどにもとられずかえって人を取りくらう。されどもふくちゅうにとどくといえる虫あって、このむしどくをはくゆえにたいをやぶってじめつすなり。されば女のしっとのあだ、
人をうらむと思えども、ふうふはおなじたいなれば、皆これ我が身をせむるどうり。わごぜがようなるがまんぐちのさるぢえをしししんちゅうの虫にたとえて、ほとけもいましめ給うぞや。なんじがこころひとつにてほんもうもとげず、あまつさえ、ちじょくのうえのちじょくを取り、今いいわけしてさいしが嘆くをふびんよとて、にっぽんいちの景清がふたたび心をかえすべきか。いかほど言うてもなんじがはらよりいでたる子なれば景清がかたきなり。妻とも子とも思わぬ」
と思ひ切ってぞいたりける。
「さてはいかほどもうしてもごしょういんあるまじきか」
「おお、くどいくどい。みぐるしきに早や早や帰れ。思い切ったぞ」
「のう、もはやながらえて、いずかたへかえろうぞ。やれ子どもよ、母があやまりたればこそ、かくわびごといたせども、つれなきててごのことばを聞いたか。おややおっとにかたきと思はれ、おぬしらとても生きかいなし。この上はてておや持ったと思うな。母ばかりが子なるぞや。みずからもながらえてひどうのうきなながさんことみらいをかけて情けなや。いざ、もろともにしでの山にていいわけせよ。いかにかげきよどの、わらはがしんていこれまでなり」
といやいしを引き寄せ、守りかたなをずばと抜き「なむあみだぶつ」とさしとおせば、いやわかおどろき声をたて、
「いやいや、われはははさまの子ではなし。ちちうえたすけたまえや」
と、ろうのこうしへかおをおし入れおし入れにげ歩く。
「ええひきょうなり」
と引きよすれば「わっ」と言うて手を合わせ、
「ゆるしてたべ。こらえてたべ。あすからはおとなしうさかやきもそり申もうさん。やいともすえましょう。さてもじゃけんのははうえさまや。助けてたべ父上様」
と、息をばかりに泣きわめく。
「おおどうりよ。さりながら、ころすはははころさいで、たすくるててごに殺さるるぞ。あれを見よ、あにもおとなしう死したれば、おことや母も死ないではちちへのいいわけなし。いとしい者よ、よう聞け」
と、すすめ給えばききいれて、
「あ、それならば死にましょう。父上さらば」
と言ひすてて、あにがしがいによりかかり、うちあおぎしかおを見て、
「いずくにかたなをたつべき」
と、あこやはめもくれ手もなえてまろび、ふしてなげきしが、
「ええ、今はかなうまじ。必ずぜんせのやくそくと思い、母をばしうらむるな。おっつけ行くぞ、なむあみだぶつ」
とむなもとをさしとおし、
「さあ今はうらみをはらしてたまえ、むかへたまへやみほとけ」
と、かたなをのどにおしあて、きょうだいがしがいのうえにかっぱとふし、ともにむなしくなりたまう。さてもぜひなきふぜいなり。かげきよはみをもだえ泣けどさけべどかいぞなき。
「かみやほとけはなき世かの。さりとてはゆるしてくれよ。やれ兄弟よ、我が妻よ」
とおにをあざむく景清も、こえを上げてぞ泣きいたり。もののあわれの限りなり。
かくとは知らでいばのじゅうぞう、かじわらが取りなしにて、しょうしょうくんこうにあずかり、わかとうこものあまたつれ、ゆざんよりかえりしが、このていを見てきもをつぶし、
「これはさて、死なしたり、死なしたり。ふびんのことを見るものかな。これさむらいども、我がこのごとくごおんしょうをうけ、えいようえいがにさかゆるもきやつらを世にあらせんため、このごろ、ほうぼうたずねしかどもゆくがたのなかりしが、さてはなにものぞ、へんしゅうをおこしがいせしか。ただしはだいぐじがはからいとおぼえたり。よし何にもせよ、なお景清にいいぶんあり。まずまずしがいをとりおけ」
と、かたわらにほうむらせ、ろうやに向かって立ちはだかり、
「これさいもうとむこどの、いかにうらみはあればとて、げんざいのさいしをもくぜんに殺させ、うでかなわずはなどいきぼねでも立てざるぞ。ないないはそれがしごへんがいのちをもうし受け、しゅっけさせんと思いしが、もはやほってもならぬ、ならぬ。さむらいちくしょうおおだわけ」
といかつはいて申しける。
景清「くつくつ」とふきいだし、
「こりゃうろたえ者。あの者どもはおのれがどんよくしんを悲しみ、じがいしたるが知らざるか。それさえあるに、うぬめが口からさむらいちくしょうとはたがことぞ。いのちをおしむほどならば、かかるだいじをたくらむべきか。まったいきようと思うほどならば、べろべろはしらのごじゅうやひゃく、このかげきよがもののかずとおうか。しんちゅうにかんのんきょうどくじゅするうれしさに、なぐさみはんぶんにろうしゃしてあるものを、かんたいすぎたるたわごとづき、にごんと吐かばつかみひしいで捨てんず」
と、はったとにらんでもうさるれば、じゅうぞうかんらかんらとうちわらいい、
「そのいましめめにあいながらそれがしをつかまんとは、うでなしのふりずんばい。かたはら痛し、事おかし。さいわいこのごろけんびきいたきに、ちっとつかんでもらいたい」
とそらうそふいていたりける。景清はらにすえかね、「いでものみせん」と言いもあえず、「なむせんじゅせんけんしょうじょうせぜ。いちもんみょうごうめつじゅざい、だいじだいひかんおんりき」
と、こんごうりきをいだし「えいやっ」とみぶるいすれば、おおくぎおおなわばらばらずんと切れてのいた。かんぬき取っておしゆがめ、とびらをかっぱとふみたおし、おおでをひろげておどりいで、はっぽうにおひまわすはあれたるやしゃのごとくなり。かかるわかどうちゅうげんばらばらとけたおし、じゅうぞうをかいつかみ取っておしふせ、せぼねおれよと、どうっとふまえ、
「なんと景清をそにんしてごほうびにあずかり、えいがというはこのことか」
とふたつみつふみ付くれば、
「のう悲しや、ほねもくだけていきもたえいりそうろう。おんじひに命を助け下され」
と、声をあげてぞ、なげきける。景清を手をたたき打ち笑い、
「おお、それがしがほうびにはひろいくにを取らせん」
と、りょうあしとってさかさまに引き上げ、かたをふまえて「えいやっ」とさきければ、どうなかよりまっぷたつに、さっと裂けてぞのきにける。
「ええここちよし。きみよし」
とゆんでまでへからりと捨てて、
「さあ、すましたりすましたり。このうえはかんとうへやおちゆかん。いやさいごくへや立ちのかん」
と、ゆきつ戻りつ、戻りつ行きつ、いっちょうばかりはしりしが、
「いやこのたびおちうせなば、まただいぐじやおののひめうき目を見んはひつじょう」
とおもひさだめてたちかえり、もとのろうやにはしりいり、内よりかんぬきししとしめ、ちすじのなわをみにまとい、さあらぬていにてふもんぽん、とくじゅのこえはおのずから、
「そくしんぼさつのへんげならん」
とみな、きいの思いをなしにける。