「出世景清」 初段「大仏殿普請の段」(ちゅのたて)
さても其その後のち、いで其その頃ころは文治ぶんじ五年ごねん、春はる過すぎて夏なつ来きにけらし白旗しらはたの、源氏げんじの大将たいしょう頼より朝とも公こうは 南都なんと東大寺とうだいじ大佛だいぶつ再興さいこうの御願ごがんにて、畠山はたけやまの重忠しげただ奉行ぶぎょう職しょくを承うけたまわり、松にも花を春日野かすがのや、飛火とびひの野辺のべに假かり屋やを打うたせ、横目よこめ帳付ちょうづけ勘定方かんじょうがた、大和やまと大工だいくに飛騨ひだ匠たくみ。杣そま入いり木き造づくり事こと終おわり、今日きょう吉日きちじつの柱はしら立だて。我が身は桟敷さじきに一段いちだん高たかく、村濃むらこうの大幕おおまく打うたせ、続つづいて見みえしは本田の二郎じろう其その外ほかの侍さむらいども。帳場ちょうば帳場ちょうばに印しるしを立て、弓ゆみ・槍やり・ 長刀なぎなた・吹ふき貫ぬきに、柳やなぎ・桜さくらをこきまぜて、はなやかなりける御普請ごふしんなり。
かくて番匠ばんしょうの棟梁とうりょう・木工もくの頭かみ・修理しゅりの頭かみ、おのがしなれる出いで立たちにて恵方えほうに打うち向むかひ、まず家型やがための祭文さいもんを唱となへつつ、御幣ごへいをふって再拝さいはいし、手斧ておの始はじめのその儀式ぎしき、厳重げんじゅうにこそ勤つとめけれ。
むべも富みけりさきぐさの、三葉みつば、四つよつ葉ばの大伽藍だいがらん、手斧ておのはじめの寿ことぶきに、千代ちよをかためて柱立はしらだて。春は東に立ち初そむる、是これは万物ばんもつの初めなり。夏は南にめぐる日の菖蒲あやめが軒のきや薫かおるらァァん。
沸法ぶつぽう繁昌はんじょう、四海しかい鎮護ちんごの大伽藍だいがらん、如意によい万ばん足そくの柱立はしらだて、めでたしめでたし、オゝめでたしと、手斧ておのおっ取り、てうてうてうちょうちょうちょう。槌つちを取っては、しっていしってい。鉋かんな取りのべさらさらさら。えいさらさら、てうてうてうちょうちょうちょうと、打始め、取始め、三三九度さんさんくどの神酒みきを捧ささげて、千度ちたび百度ももたび祈念きねんして、重忠しげただに色代しきだいし、棟梁とうりょうの座ざを下さがりけェェる。手斧ておの始めも事ことなく過すぐれば、数千番すうせんばん匠しょう下々しもじもまで皆々小屋にぞ入いりにけェェり。
遥はるかの後あとより四十しじゅうばかりの男なるが、人足にんそくと思おぼしくて晝餉ひるがれいの櫃ひつを荷にない、頬被ほおかむりして通りける。秩父ちちぶの執権しっけん、本田の二郎、きっと見て、
「ヤア、これなる下郎げろう奴めは、かゝる晴はれいの庭なるに、頬ほおかぶりは緩かん台だいなり。色代しきだいせよ」と咎とがむれば、彼かの者もの小声こごえになり、
「作法さほうも知らぬ下々しもじもなれば御免ごめん」
と言ってつうっと通る。
「どこへどこへ。さてさて、ぞんざい千萬せんばんなる奴やつめかな。頬ほおかぶりを取らずんば誰だれかある、それ打て叩たたけ」
と下知げちすれば、仲間ちゅうげんども承うけたまわり一度にばらりと取りまわす。番匠ばんしょうの棟梁とうりょう、この由よしをみらるるよりも、
「いやこれ本田殿。奴きゃつは其その日ひ雇やといの人足にんそくにて、差別しゃべつも知らぬ下郎なれば、さぞ推参すいさんも候そうろうべし。さりながら、かかる目出度めでたき折おりなれば、ただ何事なにごとも穏便おんびんに はからひ給たまへ」
と申しけり。本田聞き入れず、
「いやさ、彼めは、ちと人に似にたる者の候そうろう」と言えば、
「さて、めずらしや本田殿。人が人に似にたるとは、事こと新あたらしう候そうろう。いかに下郎げろう奴め。おのれ大だいぶんの銭ぜにを取りながら、かたをして働かず、横着おうちゃくひろぐ故ゆえにこそ人々にも怪あやしまれ、祝儀しゅうぎの邪魔じゃまをなしけるよ。価あたいを損そんにするまでぞ。まかり帰れ」
と叱しかりければ、よき幸さいわいいと景清は、荷になひいし櫃ひつをおろし置き 迷惑めいわくさそうに もみ手をして、表にこそは出いでられェェる。
重忠しげただ幕まくの内うちより御覧ごらんじて、
「しばらくしばらく。如何いかに方々かたがた、平家へいけの落人おちうどこゝかしこに忍しのび居いて、君を狙ねらふうと聞きけるが、ただ今の人足、まさしく悪七あくしち兵衛びょうえと見しは ひが目か。ヤア、あれ余すな。言ふても之これは一大事いちだいじの柱はしら立だての浄きよめの庭。けがらわしては如何いかがなり。前なる野辺のべに追出おいだし、討うって捨すてよ」
と宣のたまへば、もとよりはやる関東かんとう武者むしゃ、我も我もと駆かけむかう。景清之これを見て、荷にない棒ぼうに仕込しこみたる 件くだんのあざ丸するりと抜いてさしかざし、大勢たいせいを弓手ゆんでに受け、頭を叩たたいてかンらかンらとうち笑ひ、
「これお侍、其それがしは尾羽おはを枯からせし鎌倉の浪人者にて候そうろうが、朝夕ちょうせきにせまりかゝるわびしき営みいとなを仕つかまつる。さすが人目ひとめの恥ずかしく 面つらを隠かくしてありければ、なんぞや其それがしを悪あく七しち兵びょう衛え景かげ清きよとは、眼まなこがくらみてありけるか。ただしは、其の景清が恐おそろしさに面影おもかげに立ちけるか。よォし何にもせよ、これ程ほどまで雑言ぞうごんせられ 堪忍かんにんまかりならず。」景清程こそあらずとも そっと手なみを見せんずと、例のあざ丸小脇こわきに掻込かいこみ 多勢たぜいが中に割って入り、火ひ水みずになれと斬りき合いける。
時刻じこくも移うつらぬ其その内に十四じゅうし、五人ごにん斬きり伏ふせ 重忠に見参けんざんと、ここの詰つまりかしこの隈くまに 駆かけ入いり駆かけ入いり騒さわげども 大勢たいせいに隔へだてられ、
「今いまは早はやこれまでなり。深入ふかいりして雑兵ぞうひょうに手て負おわされては、景清が末代まつだいまでの名折なおれなり。またこそ時節じせつあるべけれ。」いでおっ払ぱろうて落ち行ゆかんと、番匠箱ばんしょうばこを押開き、大のみ・小のみ・手斧ておの・のこぎり・やり鉋かんな、くっきょう一の手裏しゅり剣けんと、おっとりおっとり 打ち立つれば、さしも勇む軍兵ぐんぴょうども、わっと言うてはさっと引く。尚なおも寄せ来る者どもを、小屋の小柱こばしらひんぬいて 八方はっぽう無究むぐうに振りまわれば、秋の嵐あらしに散る
紅葉もみじ、むらむらばっとぞ逃げにけェェェる。
「オオ さもさうず、さもあらん。」この度たびは仕損しそんずとも、この景清が一念いちねんの、剣つるぎは岩を通さんものをと、踊おどりあがり飛びあがり、歯がみをなして行く雲のォォォォ 月の都に上のぼりけるゥゥゥゥ。悪七兵衛が力業ちからわざ、早業はやわざ・軽業かるわざ・神通業じんつうわざ、ただ飛ぶ鳥の如くごとくなりとて 恐おそれぬ者こそなかりけェェれ。

文治五年 西暦一一八九年
匠(たくみ) 職人
杣(そま) きこり
桟敷(さじき) 祭見物のために地面よりも高く設けた床
普請(ふしん) 建築工事
番匠(ばんしょう) 大工
おのがし めいめい・思い思いに
出立ち 身じたく
恵方(えほう) めでたいと決められる方向
御幣(ごへい) 御祓の時、神主が手にささげ持つ具
家型め(家固め) 新築祝いの儀式
伽藍(がらん) 寺・寺院
ちょうちょう 続けて打つ者
色代 頭を下げて礼をすること・あいさつ
おぼし 見受けられる
櫃(ひつ) ごはんを入れておく器
緩台(かんだい) 無礼
ぞんざい いい加減なさま
千萬(せんばん) はなはだしい
仲間 武家社会で雑役に従事した者
差別(しゃべつ) ものごとのあいだの違い・区別
推参(すいさん) おしかけて行くこと。相手の所へ行くこと。
くだんの(件の) 前に述べたことの・例の
弓手(ゆんて) 左の方・左側
尾羽を枯らせし 落ちぶれてみすぼらしくなる
朝夕 つねづね・ふだん
雑言(ぞうごん) 種々の悪口
隈(くま) 奥まったところ
くっきょう きわめて強いこと
さしも それほど・たいして

「出世景清」 第二段「阿古屋住家の段だん」(つくりぶん)
さてもそののち、ここに阿あ古屋こやが一腹いっぷくの兄、伊庭いばの十蔵じゅうぞう広ひろ近ちかは、北野きたの詣もうでをしたりしが、大息おおいきついで我が家に帰り、妹の阿古屋をかたわらに招き、
「これを見よ、まことに果報かほうは寝て待てとや。悪七兵衛景あくしちびょうえかげ清きよを討ってなりとも搦からめてなりとも参らせたる者ならば、勲功くんこうは望みしだいとの御制札ごせいさつをたてられたり。われらが栄えい花がの瑞相ずいそう、この時と思おぼえたり。兵衛はいずくにありけるぞ。はや六波羅へ訴うったえて、ひとかど御恩ごおんに預らん。いかにいかに」
と仰おおせける。阿古屋はしばし返事へんじもせず、涙にくれていたりしが、
「のう兄上、そもや御身おんみは本気にてのたもうか。ただしは狂気きょうきし給たもうかや。わらわが夫つまにて候そうらえば、御身のためには妹 いもうと婿むこ、この子は甥おいにて候わずや。平家の御代みよにて候わば、誰かあろう景かげ清きよと、飛ぶ鳥までも落ちし身が、今いまこの御代にて候えばこそ、数かずならぬ我々を頼たのみて御入おんいり候うものを、たとえば日本にっぽんに唐からを添えて給わるとて、そもや訴人そにんがなるべきか。飛ぶ鳥、懐ふところに入いるときは、狩人かりうども助くるとよ。昨日きのうまでも今朝けさまでも隔へだてぬ仲なかを、そもやそも、逃のがりょうものか。さりとては、人ひとは一代いちだい、名なは末代まつだい。思い分けても御覧ごらんぜよ」
と泣いつ、くどいつ、止とどめける。十蔵からからと打ち笑い、
「やれ名を惜おしみて得を取らぬは昔風むかしふうの侍とて、当世とうせは流行はやらぬ古いこと。その上うえ、御辺ごへんが夫おっとよ妻つまよなんどとて、心中しんじゅう立だてはしけれども、あの景清はな、大宮司だいぐじが娘、小野おのの姫ひめに最愛さいあいし、御身おんみがことは当座とうざの花、後悔するとも叶かのうまじ。女おんな賢さかしくて牛うし売うらぬとは御分ごぶんがことぞ。諸事しょじは兄に任まかせよ」
と飛んで出いずれば、また引き止とどめ、
「いや大宮司だいぐじの娘は人の言いなし悪口わるくちぞや。景清殿に限り、さようのことは候うまじ。よし人はともかくも、わらわが二世にせいの夫おっとぞかし。さほどに思い据すえ給たまわば、子どももわらわも殺して後のち、心のままになし給たまえ。やあ生いけらんうちは叶かなわじ」
とすがりついてぞ泣き給たもう。
しかるところへ、熱田あつたの大宮司だいぐじよりの飛脚ひきゃくなり。
「景清様の御旅おんたび宿所やどはこれにてや候うやらん」
と、やがて文箱ふばこを出いだしける。十蔵出いで合あい、
「いかにもいかにも。これは景清殿の旅たび宿やどにて候うが、宿願しゅくがんあって、兵衛殿は清水きよみず参詣さんけいいたされ候う。御文おんふみを預あずかり置おき、帰られしだい見せ申さん。明日あす御出おいで候え」
と飛脚ひきゃくを返し、兄弟きょうだい、文ふみを開いてみれば、小野の姫の文にてあり。
「かりそめに御参おんまいりましまして、否応いなせの便りもし給たまわぬは、かねがね聞きし阿古屋といえる遊女ゆうじょに御親おんしたしみ候うか。未来をかけし我が契り、いかが忘れ給たもうか」
とこまごまとぞ書かれける。阿古屋は読みも果て給たまわず、はっとせきたる気色きしょくにて、
「うらめしや、口惜くちおしや、妬ねたましや。恋に隔てはなきものを遊女とは何事なにごとぞ。子のある仲なかこそ誠まことの妻つまよ。かくとは知らではかなくも。大切たいせつがり、愛いとしがり、心を尽くせし口くち悔おしさは人に恨うらみはなきものを、男おとこ畜生ちくしょういたずら者もの、ああ、恨めしや、無念むねんや」
と文寸々ふみすんずんに引き裂きて、かこち恨みて泣き給う。理ことわりとこそ聞えけれ。十蔵じゅうぞう喜び、
「それ見たか。この上は片時かたときも早く訴そ人にんせん、もはや思い切ったか」
と言えば、
「おお何なにしに心残るべき。せめて訴人してなりとも、この恨みを晴らしてたべ」
「じつによき合点がってん」
と立たち出いずれば、また「しばらく」と引き止とどめ、
「とは言いながら、いかに恨みがあればとて、夫つまの訴人はなるまいか。いやまた思えば腹も立つ。憎いは女おうなめ、ええ是非ぜひもなや」
と、あるいは止とどめ、あるいは勧すすめ、身を悶もだえてぞ嘆なげかるる。十蔵、袂たもとを振り切って、
「ええ輪廻りんねしたる女おうなかな。そこ退のけ」
と突つき退のけて六波ろくは羅らさして急いそぎしは、料簡りょうけんもなき次第しだいなり。

「出世景清」 第三段「拷問の段だん」(水責め火責め)
かくてその後のち、悪七兵衛あくしちびょうえ景かげ清きよ行方ゆくえ知しれずになり足れば、「もっとも天下てんかの御大事おんだいじ」と諸国しょこくの所縁ゆかりを詮議せんぎある。中にも熱田あつたの大宮司だいぐじは現在の舅しゅうととて、千葉ちばの小太郎こたろう搦からめ取って警固けいご厳きびしく打ち連れさせ、六波羅に引ひっ据すゆる。六波羅の北の殿でんに新しく牢ろうをたてさせ、大宮司だいぐじを押し込めさせ、厳しく番をぞせさせらるる。
小野おのの姫ひめ、父は都の六波羅へ虜とりことなりて、憂うきめに遭あわせ給たもうとの、その音信おとずれを聞きしより、せめては憂きにかわらんと、尾張おわりの熱田あつたを旅たびたちて、六波羅にこそ着かれけれ。
さて、父上のおはしまします牢屋ろうやはいずこならんと、ここかしこに佇たたずみ給たまえば、折もこそあれ梶原源かじわらげん太た、町まち廻まわりして帰かえるさにこの体ていをきっと見て、
「きゃつが有様ありさまただものならず。何者なにものぞう」
と咎とがめける。姫ひめ君ぎみ聞きこし召めし、
「さん候そうろう。自みずからは、尾張おわりの大宮司だいぐじが娘なるが、故ゆえもなきに父を取られ候ゆえ、我が命に代わらんため、これまで参りし候」
と、言わせも果てず、景かげ季すえ、
「オオ皆まで言うな。おのれが親の大宮司だいぐじに、景清が行方ゆくえを言えと言えども知らぬという。おのれは夫婦ふうふのことなればよも知らぬことはあるまじき。すでに清水きよみず坂ざかの阿あ古屋こやは子のある仲なかさえ振り捨てて一度注進ちゅうしん申もうせしぞや。ありのままに白状はくじょうせよ」
と小腕こがいなとって怒いかりける。
「のう恨めしや命を捨てて、これまで出いずるほどの心にて、たとえ行方ゆくえを知ったればとて申そうか。この上は水責みずぜめ火責ひぜめにあうとても夫つまの行方は存ぜぬなり。ただ父上を助たすけてたべ」
と、声も惜おしまず泣き給う。
「オオ言うまでもないことさ。おのれ落ちずばただ置おくべきか」
と、高手小手たかてこてに縛しばりつけ、六条ろくじょう河原がわらに引き出だし、種々しゅじゅに拷問ごうもんしたりしは、のう情なさけのうこそ見みえにけれ。
梶原かじわら親子おやこが奉行ぶぎょうにて、方ほう一町いっちょうに垣かきをゆい、突つく棒ぼう・刺さす股また・鉄かねの棒、兵ひょう具ぐひっしと並べしは、さながら修羅しゅらの獄卒ごくそつが、八逆五はちぎゃくご逆ぎゃくの罪人ざいにんを呵責かしゃくにかくるごとくなり。いたわしや小野おのの姫ひめ。荒あらき風かぜにもあてぬ身を、裸はだかになして縄をかけ、十二子じゅうにこの梯子かけはしに、胴中どうなかを縛しばりつけ、あわれもしらぬ雑人ぞうにんども、湯桶ゆおけに水をつぎかけつぎかけ、「落ちよ落ちよ」と責めけるは、ただ滝津たきつ瀬せのごとくにて、目もあてられぬ気色けしきなり。無残むざんやな小野おのの姫ひめ、息もはや絶たえ絶だえに、心も乱れ目めくるめき、既に最期さいごと見みえけれども
「いやいや武士ぶしの妻つまとなり、心弱こころよわくてかなわじ」
と、さあらぬ体ていにもてなし、
「いかに方々かたがた、夫の景かげ清きよつねに清水寺きよみずでらの観世音かんぜおんを信仰しんこうし、我にも信しんじ奉たてまつれと深く教おしえ給たもうゆえ、今いまとても尊号そんごうを絶えず唱となえ奉たてまつれば、この水みずは観音かんのんの甘露法かんろほう雨うと思おぼえたり。今はこの水にて死しする命は惜しからじ。夫つまの行方は知らぬぞや。千日せんにち千夜せんやも責め給え。南無なむや大悲だいひ観世音かんぜおん」
と苦しき体を押し隠し、潔いさぎよくはのたまえども、さすが強き拷問に声も濁にごりて身もふるい、弱々よわよわとなり給たもうは、さても悲しき次第しだいなり。
「この分ぶんにては落おつまじきぞ。やれ古木こぼく責ぜめにせよや」
とて、細首ほそくびに縄なわを付つけ松まつの枝えだに打うちかけて、
「えいやえいや」
と引き上あぐる。下おろせば少し息を継つぎ、引き上ぐれば息絶いきたゆる。あわれというも余あまりあり。
「たとえいかなる鬼神おにがみも、これにては落つべし」
と、二三度にさんど、四五度しごど責せめかければ、今はこうよと見えけるが、また目を開き、
「のう梶原かじわら殿どの、この木の上うえに吊つり上あげられ、世界せかいを一目ひとめに見おろせども、夫の行方ゆくえは見みえ申さず。方々かたがたも慰なぐさみに、ちと上あがっって見給わぬか。これへこれへ」
と有ありければ、景かげ季すえ腹はらに据すえかね、
「さてさてしぶとき女おうなかな。この上は引き下ろし火責めにせよ」
と、炭すみ薪たきぎを積み重ね、団扇うちわをもって煽あおぎ立たて、煽あおぎ立て、天てんをかすめし黒煙くろけむり、焦熱しょうねつ地獄じごくといいつべし。
すでに責めんとせしところに、悪七兵衛景あくしちびょうえかげ清きよいずくにてか聞きたりけん、諸しょ見物けんぶつのその中を飛び越えはねこえ垣の内に躍おどり入り、
「こりゃ景清ぞ。見参けんざん」
と、あたりをはったとねめ廻まわし、仁王立におうだちにぞ立ったりける。姫ひめ君ぎみはっと肝潰きもつぶれ、立ち寄らんとし給たまわば、人々ひとびと取とって引き据え、
「すは景清を逃のがすな」と一度にはらりと取り廻まわす。景清かんらかんらと笑わらい、
「エエ仰々ぎょうぎょうし。この景清が隠かくれんと思おもわば、天にも昇のぼり地をも潜もぐらんずれども、妻つまや舅しゅうとが憂うき目を見る悲しさに、身を捨てて出いでたればもはや気遣きづかうことはなし。さあ寄って縄なわをかけ、六波ろくは羅らへ連れて行け。妻や舅を助けよ」
と、手向てむかいしてんず気色けしきなし。姫ひめ君ぎみ涙なみだを流ながし、
「口惜くちおしの有様ありさまや。みずからや父上は生きてかいなき憂うき身みなるに、御身おんみは長ながらえ本望ほんもう遂とげんとは思おぼさず、何なにとてこれへは出いで給たもう。あさましの御所存ごしょぞんや」
と、またさめざめと泣き給たもう。景清も涙をおさえ、
「オオ頼たのもしの心底しんていや。人ひとは素性すじょうが恥はずかしし。子こ仲なかをなせし阿あ古屋こやめは夫おっとの訴人そにんをしたりしに、御身おんみは命いのちに代かわらんとは頼たのもしや嬉うれしやな。さりながら父ちち大宮司だいぐじの御おん事ごと、心こころもとのう思おぼゆれば、御身はこれよりとうとう帰かえり菩提ぼだいを弔とうてたび給え」
と、鬼おにを欺あざむく景かげ清きよも、不覚ふかくの涙なみだを流しける、理ことわりせめて哀あわれなり。
このこと六波羅に聞きここえしかば、重忠しげただ大宮司だいぐじを同道どうどうにて六条ろくじょう河原がわらに馳はせ来きたり。
「さても景清人ひとの難義なんぎを救すくい、我が身を名乗なのりて出いでらるる段だん、近頃ちかごろ神妙しんみょうもっともこうこそあるべけれ。この上うえは小野おのの姫ひめ大宮司共ともに御赦免ごしゃめんなさるる条じょう、景清に縄をかけ、急いそぎ引ひっ立たて申すべし」
畏かしこまって人々、
「縄なわよ綱つなよ」
とひしめけば、景清悦よろこび、
「それこそ望むところよ」
と、おのれと千筋ちすじの縄をかかり先さきに進めば、小野の姫、
「のうみずからも諸共もろとも」
と、駆かけ出いで取り付き泣き給たもうを、大勢おおぜい中なかを押おし隔へだて、辺あたりを払はらって引ひっ立たて行いく。
「景清殿の心底しんてい、勇ゆうあり、義ぎあり、誠まことあり。前代ぜんだい未聞みもんの男おとこなり」
とて、皆みな武士ぶしの手本てほんと仰あおぎける。

「出世景清」 第四段「牢舎ろうしゃの段だん」(ずやんば)
さてもそのそち、これはさて置き、阿あ古屋こやの前、弥いや石いし・弥いや若わか諸共もろともに、山やま崎山さきやまの谷たに陰かげに深く隠かくれておわせしが、景かげ清きよ牢舎ろうしゃと聞くよりも、わが身もあるにあらばこそ、六波ろくは羅らに走りつき、この体ていを一目ひとめ見て
「のう、あさましの御風情ごふぜいや。やれあれこそ父よ我わが夫おっと」
と、牢ろうの格子こうしにすがりつき、泣くより外ほかのことぞなき。景清大だいの眼まなこに角かどをたて、
「やれ物もの知しらずめ。人間らしく言葉をかくるも無益むやくながら、かほどの恩愛おんあいを振り捨て、夫おっとの訴人そにんをしながら、なんの生面なまづら下さげて今、この所へ来たりしぞ。おのれ、指ゆび一ひとつ叶かないなば、つかみひしいで捨てんものを」
と、歯がみをしてぞいられける。
「げに御恨おんうらみは道理どうりなれども、わらわがことをも聞き給たまえ。兄にて候そうろう十蔵じゅうぞう訴人そにんせんと申せしを、再三さいさんとどめて候ところに、大宮司だ
いぐじの娘小野おのの姫ひめとやらんより、親したしき御文おんふみ参まいりしゆえ、女心おんなごころのあさましさ、嫉妬しっとの恨うらみにとり乱れ、後先あとさきのふまえもなく当座とうざの腹立はらだちやる方かたなく、と申しつる。後悔こうかい先さきに立たばこそ、さはさりながら嫉妬しっとは殿御とのごの愛いとしさゆえ、女の習ならい、誰たが身みの上うえにも候ぞや。申もうし訳わけ致すほど、皆言い落ちにて候そうらえども、ただいまのよしみには道理どうり一つを聞き分けて、ただ何事なにごとも御免ごめんあり、今生こんじょうにて今一度ひとたび、言葉をかけてたび給わば、それを力に自害じがいして我身わがみの言い訳わけ立たて申もうさん」
と、地にひれ伏ふしてぞ泣きいたり。無残むざんやな弥いや石いし、父が姿をつくづく見て、
「のう父上ほどの剛ごうの者が、何故なぜ何故やみやみとは捕とらわれ給たまうぞ。いで押おし破やぶって助たすけ奉たてまつらん。」と柱はしらに手をかけ「えいや、えいや」と押おせども引ひけども、揺ゆるがばこそ不便ふびんなりける所存しょぞんなり。弟の弥いや若わかほだしの足にすがりつき、
「痛いたいかや父ちち上様うえさま、のう痛むか」
と、撫なであげ撫なで下げ、さすりあげ、兄弟わっと叫さけびければ、思い切ったる景清も不覚ふかくの涙せきあへず。ややあって涙をおさえ、
「やれ子供よ。父がかやうになりたるはな、皆みなあの母めが悪心あくしんにて、縄なわをも母がかけさせ、牢ろうにも母ははが入いれけるぞ。邪見じゃけんの女が胎内たいないより出いでたるものと思へば、汝なんじらまでが憎にくいぞえ。父とも思ふな、子とも思わじ。はやはや帰れ」
と叱るにぞ、子どもは母にすがりつき、
「のう父を返しや、父上ちちうえ返かえせ」
とねだれ嘆なげきし有様ありさまは、目もあてられね次第しだいなり。阿あ古屋こやはあまり堪たえかねて、
「よし、この上はみずからはともかくも、可愛かわいいやな兄弟きょうだいに優しき詞ことばをただ一言ひとこと、さりとてはかけてたべ。のう、子はかわゆうは思おぼさぬか」
と、またせきあげてぞ嘆なげかるる。景かげ清きよ重かさねて、
「おことがようなる悪人あくにんに返答へんとうもせしとは思へどもな、今の悔くやみをなど最前さいぜんには思わざりしぞ。されば天竺てんじくに獅子ししという獣けだものあり。身は畜生ちくしょうにて任ありながら、智恵ちえ人間にんげんに超こえたれば、狩人かりうどにもとられずかえって人を取り喰くらう。されども腹中ふくちゅうに蠧と毒どくといえる虫あって、この虫毒むしどくを吐はく故ゆえに体たいを破やぶって自滅じめつすなり。されば女の嫉妬しっとの仇あだ、
人を恨うらむと思えども、夫婦ふうふは同おなじ体たいなれば、皆これ我が身をせむる道どう理り。和わ御前ごぜが様ようなる我慢がまん愚痴ぐちの猿さる智慧ぢえを獅子しし身中しんちゅうの虫にたとえて、仏ほとけも戒いましめ給うぞや。汝なんじが心こころ一ひとつにて本望ほんもうも遂とげず、あまつさえ、恥辱ちじょくの上うえの恥辱ちじょくを取り、今言訳いいわけして妻子さいしが嘆くを不ふ便びんよとて、日本一にっぽんいちの景清が二ふたたび心を返かえすべきか。何いか程ほど言うても汝なんじが腹はらより出いでたる子なれば景清が敵かたきなり。妻とも子とも思わぬ」
と思ひ切ってぞいたりける。
「さてはいかほど申もうしても御承引ごしょういんあるまじきか」
「おお、くどいくどい。見苦みぐるしきに早や早や帰れ。思い切ったぞ」
「のう、もはや長ながらえて、いずかたへ帰かえろうぞ。やれ子どもよ、母が誤あやまりたればこそ、かく詫言わびごといたせども、つれなき父御ててごの詞ことばを聞いたか。親おやや夫おっとに敵かたきと思はれ、おぬしらとても生き甲斐かいなし。此この上は父親てておや持ったと思うな。母ばかりが子なるぞや。みずからも長ながらえて非道ひどうの浮名うきな流ながさんこと未来みらいをかけて情けなや。いざ、諸共もろともに死出しでの山にて言訳いいわけせよ。いかに景かげ清きよ殿どの、わらはが心底しんていこれまでなり」
と弥いや石いしを引き寄せ、守り刀かたなをずばと抜き「南無なむ阿弥陀仏あみだぶつ」と刺さし通とおせば、弥いや若わか驚おどろき声をたて、
「いやいや、我われは母はは様さまの子ではなし。父ちち上うえ助たすけ給たまえや」
と、牢ろうの格子こうしへ顔かおをおし入れおし入れ逃にげ歩く。
「ええ卑怯ひきょうなり」
と引き寄よすれば「わっ」と言うて手を合わせ、
「許ゆるしてたべ。こらえてたべ。明日あすからはおとなしう月代さかやきも剃そり申もうさん。灸やいともすえましょう。さても邪見じゃけんの母上様ははうえさまや。助けてたべ父上様」
と、息をばかりに泣きわめく。
「おお道理どうりよ。さりながら、殺ころす母ははは殺ころさいで、助たすくる父御ててごに殺さるるぞ。あれを見よ、兄あにもおとなしう死したれば、おことや母も死ないでは父ちちへの言訳いいわけなし。愛いとしい者よ、よう聞け」
と、勧すすめ給えば聞きき入いれて、
「あ、それならば死にましょう。父上さらば」
と言ひ捨すてて、兄あにが死骸しがいによりかかり、打うち仰あおぎし顔かおを見て、
「いずくに刀かたなを立たつべき」
と、阿あ古屋こやは目めもくれ手も萎なえてまろび、伏ふして嘆なげきしが、
「ええ、今はかなうまじ。必ず前世ぜんせの約束やくそくと思い、母をばし恨うらむるな。追おっつけ行くぞ、南無なむ阿弥陀仏あみだぶつ」
と心むな元もとを刺さし通とおし、
「さあ今は恨うらみを晴はらして給たまえ、迎むかへ給たまへや御仏みほとけ」
と、刀かたなを咽のどに押おし当あて、兄弟きょうだいが死骸しがいの上うえにかっぱと伏ふし、共ともに空むなしくなり給たまう。さても是非ぜひなき風情ふぜいなり。景かげ清きよは身みを悶もだえ泣けど叫さけべどかいぞなき。
「神かみや仏ほとけはなき世かの。さりとては許ゆるしてくれよ。やれ兄弟よ、我が妻よ」
と鬼おにを欺あざむく景清も、声こえを上げてぞ泣きいたり。物もののあわれの限りなり。
かくとは知らで伊庭いばの十蔵じゅうぞう、梶原かじわらが取りなしにて、少々しょうしょう勲功くんこうに預あずかり、若党わかとう小者こものあまた連つれ、遊山ゆざんより帰かえりしが、この体ていを見て肝きもをつぶし、
「これはさて、死なしたり、死なしたり。不便ふびんのことを見るものかな。これ侍さむらいども、我がこのごとく御恩賞ごおんしょうをうけ、栄燿えいよう栄華えいがに栄さかゆるも彼奴きやつ等らを世にあらせんため、この頃ごろ、方々ほうぼう尋たずねしかども行ゆく方がたのなかりしが、さては何者なにものぞ、偏執へんしゅうを起おこし害がいせしか。ただしは大宮司だいぐじが計はからいと覚おぼえたり。よし何にもせよ、なお景清に言いい分ぶんあり。先まず先まず死骸しがいを取とり置おけ」
と、かたわらに葬ほうむらせ、牢屋ろうやに向かって立ちはだかり、
「これさ妹いもうと婿むこ殿どの、いかに怨うらみはあればとて、現在げんざいの妻子さいしを目前もくぜんに殺させ、腕うでかなわずはなどいきぼねでも立てざるぞ。内々ないないはそれがし御辺ごへんが命いのちを申もうし受け、出家しゅっけさせんと思いしが、最早もはやほってもならぬ、ならぬ。侍さむらい畜生ちくしょう大おおだわけ」
といかつはいて申しける。
景清「くつくつ」と吹ふき出いだし、
「こりゃうろたえ者。あの者どもはおのれが貧どん欲心よくしんを悲しみ、自害じがいしたるが知らざるか。それさえあるに、うぬめが口から侍さむらい畜生ちくしょうとは誰たがことぞ。命いのちを惜おしむほどならば、かかる大事だいじをたくらむべきか。まった生いきようと思うほどならば、べろべろ柱はしらの五十ごじゅうや百ひゃく、この景かげ清きよが物ものの数かずと思おうか。心中しんちゅうに観音経かんのんきょう読誦どくじゅする嬉うれしさに、慰なぐさみ半分はんぶんに牢舎ろうしゃしてあるものを、緩怠過かんたいすぎたるたわごとづき、二言にごんと吐かばつかみひしいで捨てんず」
と、はったと睨にらんで申もうさるれば、十蔵じゅうぞうかんらかんらと笑うちわらいい、
「その縛いましめめにあいながら其それがしをつかまんとは、腕うで無なしのふりずんばい。片かた腹はら痛し、事おかし。幸さいわいこのごろ痃癖けんびき痛いたきに、ちっとつかんでもらいたい」
と空そらうそふいていたりける。景清腹はらに据すえかね、「いで物もの見みせん」と言いもあえず、「南無なむ千手せんじゅ千眼せんけん生々世々しょうじょうせぜ。一聞いちもん名号滅みょうごうめつ重罪じゅざい、大慈だいじ大悲だいひ観音力かんおんりき」
と、金剛力こんごうりきを出いだし「えいやっ」と身みぶるいすれば、大釘おおくぎ大縄おおなわばらばらずんと切れてのいた。閂かんぬき取って押おしゆがめ、扉とびらをかっぱと踏ふみ倒たおし、大手おおでをひろげて踊おどり出いで、八方はっぽうに追おひ廻まわすは荒あれたる夜叉やしゃの如ごとくなり。かかる若堂わかどう中間ちゅうげんばらばらと蹴倒けたおし、十蔵じゅうぞうをかいつかみ取って押おし伏ふせ、背せ骨ぼね折おれよと、どうっと踏ふまえ、
「何なんと景清を訴人そにんして御褒美ごほうびにあずかり、栄華えいがというはこのことか」
と二ふたつ三みつ踏ふみ付くれば、
「のう悲しや、骨ほねも砕くだけて息いきも絶たえ入いり候そうろう。御慈悲おんじひに命を助け下され」
と、声をあげてぞ、嘆なげきける。景清を手を叩たたき打ち笑い、
「おお、それがしが褒美ほうびには広ひろい国くにを取らせん」
と、両足りょうあし取とって逆様さかさまに引き上げ、肩かたを踏ふまえて「えいやっ」と裂さきければ、胴中どうなかより真まっ二ぷたつに、さっと裂けてぞのきにける。
「ええ心地ここちよし。気味きみよし」
と弓手ゆんで馬手までへからりと捨てて、
「さあ、すましたりすましたり。この上うえは関かん東とうへや落おちゆかん。いや西国さいごくへや立ちのかん」
と、行ゆきつ戻りつ、戻りつ行きつ、一町いっちょうばかり走はしりしが、
「いやこの度落たびおち失うせなば、また大宮司だいぐじや小野おのの姫ひめ憂うき目を見んは必定ひつじょう」
と思おもひ定さだめて立たちかえり、もとの牢屋ろうやに走はしり入いり、内より閂かんぬきししとしめ、千筋ちすじの縄なわを身みにまとい、さあらぬ体ていにて普ふ門品もんぽん、読誦とくじゅの声こえはおのずから、
「即そく身しん菩薩ぼさつの変化へんげならん」
と皆みな、奇異きいの思いをなしにける。