町・県・文化庁指定

門出八嶋
文弥節人形浄瑠璃保存会

台本 門出八嶋 文弥節人形浄瑠璃保存会

この浄瑠璃写は古来伝承されていたものと昭和四年六?月中旬前田清常氏???墓参へ帰省の砌「門出八嶋・出世景清」の記事近松名集とにより艮栄?氏へ田邊祐政氏依頼し昭和四年十二月筆写し保存しありたるもの??再筆写せるとのなり
昭和二十七年三月
山之口人形保存会 芸能部長 坂元鐘一


近松門左衛門作 門出八嶋


門出八嶋
?迦に堤婆あり。孔子に盗石あり。
国に強敵あらずんば。名将の誉、何を以てかあらはれん。されば乱は太平の始め。文武盛の源氏。九朗御曹司義経は。金?吉次に従って陸奥国に下向あり。秀衡が書状にて頼朝に加わり。平家の逆徒を鎮めんため。奥勢十萬余騎を引率し。御進発とぞ??ける。凡そ三軍を司る御器量。 3P


天然其の徳をなはって。そなへ行列具太鼓。鏦々(ショウショウ)凄々として金鉄皆鳴る御陣押し。牧童撨天も頭をたれ。草木も枝をかたぶ?り。爰に荒れたる藁屋が軒。奥も隈なく見え給へば。六尺豊の大の大男。
矢の根を磨ぎてかたへには?八の娘?褸さす針の?も指貫も手き?手づまの手もたゆし。武蔵坊弁慶きっと見て。門外に??立ち。今日我が君のご出陣。五十四郡の民百姓。渇仰(かつごう)申す折から。 4P


をさめ過ぎたる振舞。虜外千萬。罷り出でて一礼せよと言葉厳しく呼ばはれば。彼の男くつ?と笑ひ。いやはや長生すれば新しい事を聞く。主を持たぬ浪人?れば。我が君と崇めん人、天が下には覚えず?。
具足着たがこはくもなし。誰に恐れて?ちまのかは。我が寺の佛?尊いな?。志田の三郎勝平といふ浪人者。この女は我が妹。身こそ貧なれ今日まで人に礼せぬこの男と。両足ぐつと投?げ出し膝を叩いて居たりけり。 5P


弁慶こらへず。臑ふみ折らんと?け出づる。義経馬かり飛んで下り。あゝ暫く?。志田の三郎とは聞き及びし。源氏譜代の勇士ぞや。我こそ義朝が八男よ。西国へ?道せん。力をそへて得させよや、平に頼むと宣へば。
志田兄妹走り出で。扨(さて)は源氏の御末かと手をつかねて申せしは。誠に源氏の大将の頼むとの御諚。?供申すべく候へども。親にて候志田の兵衛。御父義朝公に仕へ。 6P


品々の高名。恩賞あるべき所に。讒者の術にて本領を召し上げられ候。父が常々申せしは。原氏の?四訓暗き故。讒者は栄え、忠臣は哀へ。あゝうらめしの義朝や。この怨みは子孫まで。忘るゝなと申し置き。
腹切って相果?し。親の一言骨髄にこたへ黙されず。かく申すとて神八?平家に従ふ所存なし。土を嘗め水を飲み。餓死せんこそ孝行? 7P


義とも我とも申すべし。?諚を背?あらねども。?奉公は御免あれと理をた?憚り??こそ申し?る。義経至極ましまし。然らば汝に?らぬ、武士を頼んで得させよ。志田承り。こゝに出羽のなにがし佐藤庄司と申す者の?。
継信、忠信兄弟の?、一人頼むと???。よも?背は候まじと。言上すれば?大将。其の儀ならば、軍兵を、亀井片岡、武蔵につけて先に打たせ。 P8


佐藤が館の案内には、汝を誘引すべしとて。二手に分くる旗の手は。鎧の錦包はせて弓馬の花こそ栄なれ。さるほどに佐藤兵衛忠信はこの事をきくよりも。?しや義経の御供し西国に趣き。高名せんと勇めども。
兄妹の内一人とあるからは。兄の継信?供を望み。よも某は上すまじ。えゝ屈竟の分別あり。是非某が上らんと。志田が庵に案内し。四郎兵衛忠信お見舞申すと言ひ入らる。 P9


妹の早姫立ち出で。兄上は義経公の?供し其の方へと言う。忠信小声になり。いや三郎殿に用はなし。?身に?證を知らせ申すことあり。承れば兄継信とは人?知れず。夫婦のかたらい浅からん伸と聞いてある。
何とさ?かと言えば。早姫顔をあからめ。?存じの上はつゝみ申さん?もなし。早?月の身も重し。してこの事が?れしか。いやいや左?の儀ではなし。義経公より兄弟の内一人。具せらるべきとの仰せにつき。 P10


兄継信軍の供を望まるゝ。あかぬ別は武士の道ともおほさんが。弟の口から兄の悪性。申悪(にく)き事ながら。こゝをよくよく聞き給へ。継信上方に上りなば、国へは討死と?はり。京女の妾をこしらへ。
軍は半分色遊び。家来信夫の小太郎と談合ありしを確にきく。然れば二世の汚?契。すてられ給はん笑止さに。そっと内證を知らせ申す。こゝは平留め給へ。?の供には弟の役?。不肖ながらはて 11P


某?供申までと。眞顔になりてぞ語り?る。女心の早姫は。涙も胸に保ちかね。よくぞお知らせ??けなや。左折?の事きくからは。追?いついても引止め。西国へはやりはせじ。何とぞ継信殿に逢はせてた?泣きければ。
然?らば某逢せ申さん。何かなしに取り付いてめったむしやうに泣き給はゞ。岩木を分けぬ継信。思い止まるは必定?ぞ。たゞ泣きに泣き給へ給へと。連れて宿所に帰?り??る。 P12


かくとは知らず。三郎兵衛継信は。氏神の社に詣。幣(ぬさ)奉り、礼拝し。源氏の大将御出陣。願くば某を御供に具せられ。神力を以て高名し。誉を残す雲の上。南無弥紫明神と肝胆砕くゆうだすき。
優にやさしき女の声。斎垣の内より継信様継信様と呼びかくる。はっと驚き何者と言ば。立出袖をひかへ。いや申しお気遣ひな者ではなし。妾は当社の神職行春(ゆきはる)が娘。幾代と申す者なるが。 P13


御舎弟忠信様と。忍びあいに合惚れの。しんぞいとしさかはいさは。命も磯の海を越え。山を隔てゝ西国へ。義経様の御供を。望み給ふと承る。上方は色所。心許なう思はれて。恥を言わねば理が立たず。
悋気(りんき)深きは生れ付。兄御様の御意見にて。留めまして給はらば。今生後生の御慈悲と、手を合わせてぞなげきける。継信折に幸いと。おゝ道理さりながら。忠信血気盛にて、兄が意見はきゝ入れず。 P14


御身すがりてか(な?)きくどき。ひたすら泣いて留め給へ。只泣き給へと。教ゆる所へ忠信早姫来りしが。あれこそ兄よ弟よと。二人の女をめんめんに隠し置き。やあ兄者人。おゝ忠信かと。互に知らぬ挨拶は、
おかしくも又殊勝なり。暫くあって継信。この度我が君西国の御供。兄弟の内一人との御諚。某罷り向って高名すべき立願に。参詣せし折から、汝は何とて来たりしぞ。忠信聞ていやいやこの度は其御供申べし。 P15


総領の身が討死せば。誰か家を継申さん。総じて国を守るは上たる役。一騎武者の働は、下たる者の役なれば。是非忠信が御供ぞと申しける。継信きゝもあへず。おことが言葉も一理あり。
さりながら、其の方は若き者なれば、核(さね)固まらず。武者なれず。晴軍(はれいくさ)は覚束なし。国に残りて父母に仕へよ。今度は継信向ふぞと言へば。忠信氣色を損じ。秋の木の実みなどにこそ核固ると言うことあれ。 P16


若き者にて晴れ軍がなるまいとや。これ勝負は老少によるべからず。兄とは生まれ給へども晴軍はあぶなもの。只某を上せられよとあざ笑うてこそ申しける。継信腹に据へかね。晴軍あぶなしやとは。
扨(さて)は某臆病すべき者と思うか。おゝ臆病は目の前よ。継信いよいよ腹を立。臆病者の弟なれば汝は尚も臆病ならん。なう恥かしけれどもこの忠信は臆病すべき絆(ほだし)なし。貴殿は国に絆され扨こそおくし給うらめ P17


いやさ狼狽(うろたえ)者。国に引れんとは、我が親は汝も親。もっては同じ理よ。なう兄じゃ人。親に親は変らねど。この忠信は志田の三郎が妹、早姫といふ絆もたぬと言ふ。継信はっと思へどもさあらぬ顔にて。
ふゝそれは誰が事。身に覚えなしと言へば。忠信ふっとふき出し。必定覚え候はぬかと、姫の手を引いて出でける時。継信立って逃げんとす。早姫すがり引き留め。忠信悦び、そりゃそこが泣き所。泣け泣けと呼ばれれば。 P18


西国へはなうやりませぬとぞ。泣き給う。継信赤面しながら、幾代幾代と呼びければ。するすると走り出で。忠信様、妾を捨てゝ西国へ行かんとは。お心も変りしか。どうでもやらぬと縋りつく。継信そりゃそこが泣き所。
早姫泣け泣け。幾代泣け。兄弟顔に袖覆ひ、花に鶯、時鳥(ホトトギス)、一度に持つ姿かや。只泣け泣けとぞばかりなり。かゝる所に父の庄司、君に供奉(ぐふ)し、志田諸共に来らるる。兄弟驚き二人の女をかくさんとす。 P19


あゝ暫く暫く。苦しからずやと。と押し留め。庄司申されけるは。やれ子供よ。君の御供仕り、これ迄来ることの余儀なし。兄弟の内一人頼みたさとの仰を蒙り。弓矢の冥加庄司が老の悦びなり。兄か弟かいづれ剛なるを参らせんと
思ふところに。兄弟義を重んじて争う心底。庄司が子供は剛の者。をゝ頼もしし頼もししと嬉し涙を流さるゝ。扨汝等は忍び妻を持るとや。情に迷うはよき兵の癖ぞかし。二人の上臈(じょうろう)を嫁に取り子供と思い慰まば庄司は老の楽しみあり。 P20


この上は兄弟諸共に御供申せとありければ継信忠信悦びて勇む心の勇しさよ。庄内重ねて申さるゝは。彼等兄弟心は剛にて。弓矢掻負(かけおい)打物取り。馬引き寄せて打騎りて。敵に向う其の時は。
千騎万騎にも劣らぬ者にて候へども。幼き時より主を持たず。奉公の道は存せず。我が君にまかせ参らする庄司が心を察しあって、御目をかけて召使はれ下さるべしと引廻してたべ、朋輩達。 P21


扨汝等も今が親子の別れなり。父が教訓を保ちて君に不忠仕るな。今日よりしては庄司を親と思うなよ。親にも主にも君一人。一命を奉り身は無き者と心得て。よき敵とみるならば。押並べてむずと組み。首取りて名を挙げよ。
仁義知らぬは猪武者。兄は弟を介抱し、弟は兄に背くなよ。引くとも兄弟連れて引け、駈くとも兄弟連れて駈けよ。兄を討せて国許の父や母が恋しいとて弟一人帰ろうと思うな。弟を討せて兄帰るな。 P22


老いたる親さへ思い切る。今を盛りの若武者ども。彼?に心を残すなよ。今日の??(門出)を末期と極め、潔く討死せば、生きて親子の対面より、猶しも嬉しかるべきと。涼しげには勇むれども、さすが老後の親子の別れ。
さへぎる涙堰きあへず、かく言うはふびんさ故。花の様なる若者を、死ねとは更に思わねど。御前をも打ち忘れ、兄弟にすがりつき、暫し消え入り泣きぬれば、御大将を始とし、有り合う諸武士一度に袖をしぼらぬ者はなし。 P23


然る所へ入間郡(いるまごおり)の武者所、安西の弾生太郎氏重、あはたゞしく馳参じ、扨も平家の一門、君御発向の由伝へ聞く、四国八嶋に立籠り軍の用意眞最中と承り候。片時も早くも御出陣然るべく候。
と大息ついで申しける。判官聞し召し、をゝもっともさぞあらん。さりながら幾萬騎こもるとも、物の数とは思はぬなり。如何に弾生是なる者は佐藤庄司が子供、三郎兵衛継信、四郎兵衛忠信と言ふ兄弟なり。 P24


向後心を合せ、この度の合戦潔く励むべし。と、懇をに宣へば、弾生承り、扨は聞及びし御兄弟にてま?しますよな。誠に御器量と申し。遖(あっぱれ)お侍に候。されば軍は勢の多少によるべからず、
只一心の励み第一とかや申し候。遺殿達は未だ不軍にてこの度が初めならん。構えて構えて不覚ばし取り給うな。さあれば君迄の御恥辱ぞと人もなげにぞ申しける。 P25


兄弟むっとせき上げしが、押し鎮めいかにもいかにも仰の如く、我々兄弟は遂に軍とやらんは如何様に働き候も、嘗て存ぜず候。しかしながら、貴殿の指図を以て随分励み申すべし。もし又軍の次第により、先駈、生捕、分捕、
高名は仕勝にて候間、必ず御気にかけられなと、をこがましくこそ申しける。弾生気色を損じ、やあ兄弟。昨日今日、侍に交り戦場にて高名せんとや。 P26


扨も口は重宝なもの。言はれたり言はれたり。軍は先駈いたさんより、只我が下知に任せられ、命大事にせられよかし。悪しき意見は申さんと、嘲笑うてこそ申しける。兄弟今は堪り兼ね、おゝこの上はただ扨、御辺の下知に任すべし。
御出陣の門出なれば、兵法稽古仕り、御伝授にあづからん。いざ参り候と大刀に手をかけ、詰めかくる。弾生も飛びしさり、刀を抜かんとしける時、志田、中へ割って入り、これこれ、このけいこ、某貰い申さん。 P27


最前よりんお詰開、皆君を大切に思はるゝ故にてあり。侍たる者は左程の人ならでは、戦場へは出でかたし。をゝ、もっとももっとも??と、わざと座興に取りなして、事故なく鎮めしは、誠に文武の侍なり。判官御覧じ、
志田が料簡一々以って至極せり。如何雙方の者共、かまへて意趣を残すべからず。この度の出陣は義経が一生の晴軍ぞ。随分励め、面々。と勇みに勇んでそれよりも西国さして発向あり、 P28


門出目出度、千秋楽。目出度かりともなかなか申すばかりなりにけり。

第二

さる程、九朗判官義経は頼朝卿の代官を蒙り、一の谷を攻め破り、八嶋に御陣を召されける。安西の弾生太郎氏繁は佐藤兄弟に意趣ある中、我が手の者を役所にあつめ、扨もこの度源氏の勢、我らを始め、大名小名歴々多き其れ上に、P29


何を不足に佐藤兄弟召出され、??にては継信かしこにては忠信と人もなげなる侍立。大将も目があかず、見聞くも無念千萬なり。何卒ひきつけ、恥辱をとらせ小言吐かば打殺。彼奴等を一騎当千と御頼ある上に、いらざる忠を励み、
犬骨折りて鷹にとられける。軍せんより?兄弟討取れと?辺をさして下りしは、怯?に背きし振舞なり。?も思いても思ふにあかぬ親子の中。??はしや佐藤庄司?継信は小桜? P30


忠信は藤縄目の鎧を常々好みしとて。俄に?させ。信夫の小太郎同じく小次郎兄弟に取持たせ。二人が方へ送らるゝ。親の心ぞあはれなり。霞と共に???弓。八嶋の磯に着にけるが、陣所陣所を見渡せば。竹束乱杭焚き拾し。
所々その篝火も。夜は書は消え?つゝ?うす煙。塩屋の煙立ちつゞき。方二三里が其の間?茂木厳?しく引きたれば。佐藤殿の御陣所は、いづ?と問わん??し。 P31


波打際に来る人を。蟹?かと見ればさもなくて。十六、七の小童の。腰に差いたる山刀。さすが品よく大人びて。姉かとおぼしき振袖に。持つも似合はぬあきないや。草鞋賣りとは?しかりし。信夫兄弟?子供。草鞋買わんと言へば。
いやこれは武者草鞋。旅人の御用には立ぬと言ふ。ふと陣所に商?するからは。あれに見えたる陣所陣所は、誰々とは知りつらん。概略(あらまし)語って聞かせよかし。易き問?の御事なり。毎日あきない致す故、御陣所役所は存じたり。 P32


教へ申さん聞き給へと。東西南北指さしてねんごろにこそ語りけり。

役所つく?

あれあれ、東のお?より、南の岡の小松原、雪の山かとひた白の、幕を其の儘?川?、空堀ほって高櫓、風にうずまく白旗の、かげに軍兵兜を並、鎧の袖をつらねしは、御大将の御出?陣。其の旗本下?に打続き、????うつぼ。
浪?に兎の印こそ。亀井片岡伊勢駿河。独銘?に??付けたるは、 P33


常陸坊海綸?。兼房は右巴、一つ巴、三巴、5つ綸?違い六つ雁金。七の道具を立てたるは。御大将の膝元?さらず。武蔵坊弁慶の役所とこそは教へける。前は逆茂木?巍々として。井???く掲げさせ。用心厳しき勢は、
先手の大将佐々木殿。扨竹垣に折木戸打ち。幟ばかりを立てたるは。旗下?の母衣上得?熊谷殿の陣所なり。川越ず物見小屋。松にかけたる太鼓鐘。??行くところを驚かす。 P34


雪に朝日のしるしこそ。御?大将畠山。手勢は五千騎と?や。扨一重菱入小菱。花菱松皮三蓋菱、小笠原の一黨けり。二つ引の大幕は平山?陳所。澤?潟(おもがた)は小山の一類、立波は小栗黨。北條は役?備へ。
右陣左陣は土肥三浦開き扇の旗を靡かせ。騎馬の武者二、三十。御用心と呼はって、役所役所を駈通は。佐竹の某小屋巡り。浜?手は鎌倉勢。扨山の手は都勢。垣楯持楯雌鶏?羽につき並べ。 P35


徒武者騎馬武者弓弦を?し。すはと言はん声の内。??出でん氣色にて、君を守護し給ひける。誠に勇々し?候ひし。頃は弥生の空ながら、秋にさへたる月に星。千葉の介の役所なり。滋目(しげめ?)結は結城の七朗。
亀甲は佐原十郎。三本団扇鱗形?にもまれて?藤又下り藤揚羽の蝶は武蔵勢、相模勢、一二の備と聞えける。扨奥方の軍兵は十万余騎を二手に分け陣?所は大手搦手。中に立てたる旗の紋。雪折れ竹に郡雀?は出羽の庄司が
二人?子供。 P36


佐藤継信忠信は日本?無雙の強者と敵も味方も隠れなし。其の外浦々山々も、皆白沙?に白鷺?郡れたる。松?浦見れば、源氏の旗を靡かする。夛勢は限り知られずと、残らず教へ語りけり。信夫兄弟手を打って、
扨よく覚えたり。我々は佐藤殿?家人にて、父御?方より兄弟へ、この鎧を参らせる。とてもの事に案?内して下れぬかと言へば、娘悦ぶ色見て御案?内はい?すべし。扨なれなれしう候へども、我々はこのあたりの狩人。P37


鷲尾と申者の子供るるが。源平に?兵乱れて狩もかなはず。親を養ふ営?に習はぬ草鞋賣?候。あわれ殿?へ御奉公させてたべと。言ひもあへぬに信夫兄弟。是は幸ひ戦場へは一人もたよりぞや。?左右左右我々に任せよ。
よき奉公にきも入らんと、連れて陣所に急ぎけり。?れば、三月十八?大将??御出立、赤地の錦直垂に。紫裾濃の?着せなが。鐙ふんばり鞍?(がさ)に?立ち上り。 P38


※添付データありだがどこに入るかが分からない※ 38P添付


一院の御使。検非違使(ケビイシ)五位の尉。源の義経と高らかに、名のりて寄せくる。平家の兵船を今や今やと待ち給う。佐藤兵衛継信は父が送りし小桜緘。綿がみ高に着せ流し。今朝迄着せし鎧をば、鷲尾にうち着せて。
馬を乗り捨て御馬の前に畏る。大将御覧じ。彼は如何なる降人か。いやこれは継信が弟にて候。御馬のさきにて討死させ申さんため。召し連れ候と申せば。 P39


判官重ねて継信が弟は忠信ばかりと覚えしに。心得難しと宣へば。継信勤んでさん候。彼はこの辺に狩人鷲尾の三郎と申す者。人と生れし思ひでに侍に交りたきよし。彼が姉たって嘆き候故。色知らぬ東夷の継信め。
志にほだされ兄弟の約諾仕って候。あはれ御馬の口に召付られ候はゞ、有難く候はんと申上ぐれば、義経殆ど悦喜あり。あっぱれ器量の若者。継信は果報者。あやかりたし。 P40


如何にも某召使い弓取りとなすべきか。とてもの事の序なれば、姉はどうぞなるまいかと。戯れ給へば、鷲尾は鎧の袖を顔にあて、恥かしそうなる武者振に敵も大刀をば捨てぬべし。安西の弾生太郎後陣よりつゝと出。
継信殿の舎弟、御近付になり申さん。やあこれは此の頃、陣屋にて草鞋賣りたる童なるが。是が貴殿の御舎弟か。はてよい弟を持れけり。向後我等も得意となり。 P41


草鞋あつらへ申すべし。軍中に用るからは。百里も二百里も歩まるゝ。能き草鞋が求めたし、値にはかまはず。朋輩の中なれば五文や三文は。たゞにもとらせてやらうわいと、さも悪?にこそ申ける。
継信はむっとせき上げしがおし静め、おゝ易い事易い事。さりながら百里、二百里はく草鞋が何の用に入り申す。ふゝ、合点たり合点たり。臆病風に寒気立ち。大敵に追っ立てられ本国へ一ト飛びに逃げ行くための草鞋か。
おゝ易い事易い事と言えば、 P42


弾生かさねて是さ、何にもせよ。我が脛は人に変って逞しゝ。是に合せて作りて下れよと。土足を継信が膝元に踏み出す。継信太刀に手をかけ、オゝ見事なだんびらずね。この足にて逃げたらば、天竺までも一ト飛びならん。
養老骨切り取って型に合わせて作らせんと。太刀をぬけば、弾生も飛しさってすばと抜く。土井佐々木畠山弁慶など左右にすがり。是は不吉と鎮むれども。放せ放せとねぢ合う所に。平家の兵船漕ぎ連れて、 P43


鬨の聲をぞあげにける。其の隙に同志軍もやうやう治め鎮まりぬ。三人乗ったる兵船磯近く漕寄せ、大将舟端に立ち上り、一品式部郷。葛原の親王九代の後胤。能登の守赦経。源氏の大将義経に見参の印に小兵ながら、
中差を参らせん。受けて御覧候へと。大音あげてぞゆるさるゝ。判官?頭に駒かけすへ。おゝものものし。能登殿の御弓勢は関東迄も隠れなし。直中に受け留めて、 P44


九朗が鎧のさね試し度う存ずるなり。この程が所望ぞと胸を叩いて宣へばすはや源平両大将安否はこゝぞと敵味方、片唾を呑んで見る所に、小桜縅に鹿毛の駒。味方の陣を一文字に乗り分けて。矢面に駈け塞がり、
抑々これは出羽の庄司が総領。佐藤三郎兵衛継信とは、我が事なり。本国を出しより露命は君に奉り。屍は八嶋の魚口に興う能登殿の大矢を某試み任り。えんまの帳の巻頭に訴へん。 P45


矢壺は君と同然と絃走を二、三度撫で。にっこりと笑うて待ちうけしは、眼を驚かす有様なり。教経は仁ある大将。感じて流石放ち得ズ。菊王しきって奨むれば、又、げにもとや思はれけん。五人張りに十五束。
からりとつがい引きしぼり。暫しかためて、えいやっと放せば。継信が胸板に。はっしと中り。血煙がはっと立つ。継信弓矢打ちつがい。答の天を放さん引かんと。二、三度、四、五度しけれども。魂くらみ息もきれ。
弓手の鎧蹴放って、右手へかっぱと落けるは無慚なりける次第なり。 P46


菊王首取らんと下り立つ所に忠信が遥かに放つ矢が、左の膝にすはと立ち、摚と伏すを能登の守。舟より飛び下り菊王が、上帯掴んで船底へ、投げ入れ給へば大力に打付けられ、微塵に砕けて死してんけり。
是を見て平家の軍兵。船乗り捨て我先にと、陸へさっと打ち上がる。兄継信が孝養と忠信眞先かければ、鷲尾三郎、信夫兄弟彼らに続いて、源氏の兵駈けちがへ入り異、揉みにもうてぞ戦いける。 P47


軍半に武蔵坊弁慶は首ニ三十数珠繋ぎにして引きずり来り。討たれし者の追善に首数珠を思い立ち。今少し足らざれば奉賀に入りて給はれと。長刀取りのべ、切ってかゝれば。寄手はさっと引たりける。
えゝしわい事、後生に何が惜しいぞと。逃ぐる敵を追い廻しねぢ首打ち首胴切り筒抜、牟礼高松を縦横に。追ひ返へし追ひ戻し、討ち立て討ち立て斬り廻るは凄まじかりし勢なり。 P48


浪に漂い失せしもあり。人馬にせかれて死すもあり。かなはじと平家の勢。飛乗飛乗船は沖。陸は陣所へさっと引く。弁慶は立帰り。討ち取る首を繋ぎそへ繋ぎそへ。おゝこれでこそ数珠一連。百八煩悩つくらんより。
後生が大事南無阿弥陀、南無あみだ佛と念佛し本陣さしてかへりける。遖韋駄天婆羅門天、鐘馗大臣、獅子王の。荒れたる姿もかくやあらんと皆感ぜん者こそなかりけり。 P49


三、爆灯ともし

かくて其の後、夕霞八嶋の浦の松暗く、群れいる鴎立騒ぎ、戸渡る船の梶の音、しんしんとして物淋し。闇の聲、矢叫びも磯打つ浪にひきかへて、移り変れる境界は、明日の身の上思はせし、哀れ催す沖津風。
磯山桜かけ散るも、心を砕く種となり、いと物凄き浦曲(うらわ)かな。継信が忠勤、義経感じ思召し、今一度対面せばや。 P50


尋ね来れ、と忠信仰せをこうぶりて、信夫兄弟左右に具し、泣く泣く御陣を出けるが、いざ立ち別れ尋ねん、と塩屋の辻より主従は三方へこそはわかれけれ。まだ宵闇汐ぐもり、浦さび渡る春の夜は、心ぞ秋の夕なるに、
洲崎の堂の西東、牟礼高松の北南、奥州の佐藤殿やおはするか、継信殿やおはするか。君よりの御諚にて、弟の忠信が御迎えに来りしと、静かに呼で通れども、答ゆる者はなかりけれ。今朝は兄弟連れたりに、 P51


今宵始て一人行く、八島の浪の音までも、昨日に変る心して、のう継信殿、兄上、と呼んとすれど聲立たず、峰にひびくは松の風。苫屋の方にかすかなる。手負の声の聞ゆるを、嬉しやたれかと走り寄れば、
群れて友呼ぶつま千鳥、ぱっと立ては乱れ行く。後の山に声するは。信夫が呼ぶこだまにて。継信とも佐藤とも答ゆるものはなかりけり。今は力もつきゆみの、いる甲斐なさにかけめぐり。なう兄上はおわせぬか。
継信殿やおはするかと。 P52


声をばかりに呼び立て呼び立て、又伏し沈み歎きける。むざんやな、継信は精兵に急所を射られ、大事の痛手と言ながら死にもやらず、片割船の片陰に漂ひ伏して居たりしが、弟の声と聞くからに、やうやうに這い出て、
忠信か、と聞くもうれしく走り寄り、未だ存命ましますか、と縋り付て抱き起し、額をおさへ、御傷(おんて)は如何だ、と問ひければ、今を限りの継信は、我が身の事はさて置いて、君は如何に渡らせ給ぞや。
御身は傷をも負はざるか。 P53


味方は何程討れしぞ。絶行く息の下にさへ、弓矢取る身を一言と伝へきくだに哀れなり。忠信涙を押へ、君も我等も恙なく、軍は味方の勝利なり。御供申せとの仰せなり。具し参らせん、と言ひければ、おゝ嬉し。
最後に君を拝し御前にて死すべきぞ。連れて参れ。と言ふ所へ、信夫兄弟かけ来り、兎角しつらい、洲崎に堂(やしろ)の破れ戸に、継信を抱き載せ、先は忠信、後は信夫が舁(か)き添へて、
泪にしほれ、たどたどと行くや P54


東の山の端に、月ほのぼのと出でにけり。

鷲尾の三郎は継信が志し、血をこそ分けぬ兄弟と結ぶゆかりの草の緑、死骸を取置き首を敵に渡さじとせきくる涙も武士の八島を尋ねめぐりしが、面は血に染み俯伏しに伏したる手負のりけるを、これはやと能く見れば、
兜の?草?まで散り積りたる桜花鎧の糸を埋みたり、涙にくもるおぼろ月、小桜鍼と心得て、これこそは継信殿といだきついてぞ嘆きしが、この世ならぬ御厚恩、最後の御?供と存ずれども、高名もせず相果てば、
世の人の口も候へば能き敵と討死し、やがて追付き奉らん。今よりは君なくて誰かに見せん我が姿と差副?抜いて前髪切り P55


口押し割って含ませ、二世の契りの印ぞと、又さめざめと泣きいたり。かくとも知らで弾生太郎継信を殺して鬱憤を晴さんと夜半に紛れて歩きしが、この?をきっと見て、やあ鷲尾か、君よりの御諚にて継信、深傷を負うたる由
敵に首を取らせみぐるしき死をさせんより腹を切らせ首うって参れとの御事なり。そこ立退けと太刀ふり上げる。鷲尾手負に立ち?ひ、あゝ暫く暫く、深傷負うたらば看病せよとこそあるべけれ、腹を切らせよとは心得ず、
殊に忠信某を差置いて遺恨ふかき貴殿に仰せ付られぬやうはなし、死体は我々片付申と言へば、扨御諚をかろんずるか、 P56


いやさ何にもせよ継信が首、御辺には討せんと言ふ。えゝ小童奴、小癪者と討ってかゝるをうけけれども、さんざんにおっ立て、走り?返って首打取り行方知らずなりにけり。鷲尾続いて立ち帰へり、南無三宝?
敵にさへ取らせぬ首を味方に取れし口惜しさよ。せめて死体を葬らんと引き起せば、こは如何に鎧に付いたる桜花ぱっと散って小桜と見えしはもとの深山木や黒草縅の鎧なり。袖標をちぎって見れば、能登殿の郎黨筑紫の
孫六康国と標せ?ふ?扨は継信殿にてはながりしな、先づ嬉し?とさして行く塩屋の方へぞ急ぎける。すでに夜半の時も過ぎ本陣には義経?大名列座在?継信が噂のみ如何なりけるか、 P57


不便?やと大将心をなやませ給ふ所へ佐藤継信を見せしと言上すれば、それ此方へと寄せさせ給ひ、御膝を枕とせさせ扨も扨も不便者の有様や、いかに継信おことは義経が命に代り、最早や死せしと思ひしに生顔見たる嬉しさよ
心に懸ることは?きか国元へいふ事あらば、何事なりとも申しおけ、諸侍は多けれど、親とも子とも某を父の庄司が頼みし故、義経も今日迄は命を二つ持ったりしが、只今汝に別れん事の不便なさよと、御落涙?ぞ有難き、
やゝあって継信眼を開、名残惜しげに御顔を見上げ見下し泪をな?しかたじけなしといふ声もしどろにもつれかすかなり P58


忠信は泪にくれていたりしが、手負に力をつけんため、えゝ言ひ甲斐なし。継信殿?五郎景???の?の海に眼を射られ?はが内に答の矢を射返へしゝと承る。それ程にこそあらずともなどや??に返答は宣ぬぞや、
悉くも枕元々相伝の若君、弓手は秩父、馬手は和田土肥佐々木武蔵坊かう申すは弟の忠信にて候と声を荒らげ言ひければ、継信は枕をもち上げ、何條?その景?に劣るべきにあらねど、三国にかくれなき能登守の大矢を
直中にうけとめて、継信なればこそ、ものをも申?敵味方の目を醒し、然かも我が君の御?膝にて死する。継信が何に心が引かれて言うべきこのあるべきぞや。 P59


御凱陣の御供して、奥州に下向せば継信こそは我が君の御用に立ち源平の目を驚かし死しければ、雪折竹のさかさまの世をばなげかせ給うなと、随分孝行つくせよ、かたみは日頃書?おいて、守袋に残せしぞや、
やれ忠信男は高きも卑しきも若きとて人許さず短氣は未練の初めと知れ、君に不忠存ずるな、朋輩達に慮外?をするな、野中の案山子みをつくしも一人は立たぬ世の中ぞ。必ず人に憎まれな、やれ妻子をも常々常々は、
ふつゝと思ひけり?しかど、恩愛に捨てがたきは只今のなつかしさ、継信程の者なれど、かねて覚悟も最後には、変るものとは今ぞ知る。これもおコト?が手?のため語?り置くとばかりにて絶え入る P60


眼の中よりも涙をぱらぱらと流し、言ふべき事もこればかり、暇申して我が君様、これ迄ぞ弟、秩父和田殿、武蔵殿はおはさぬか。忠信に目かけてだび給へ南無弥西方?弥陀如来と手を合せ目をふさぎ、
惜しかるべきは年の程、三十三のまぼろしも八嶋の磯の浪の泡、消えてはかなくなりにけり。忠信わっと取りつけば、君を始め?り、近習?下部に至るまで一度にこれはと声あげ惜みなが?ぞ道理なり。
判官御涙の下よりも、捨て果てし身もながらくて、あればある世に如何なれば惜しまるゝ。身は止まらぬ如何なる縁にか主?となり、如何なる者か家人となりかゝる P61


哀れを見ることよ。父義朝は知らねども兄鎌倉殿?殿に別るゝも斯くあらん、来世も必ず主従ぞと、悉?も継信が死骸に縋らせ給ひければ、鬼を斯く弁慶もむせか???聲を惜しまずなげきける。
かる所へ弾生太郎あはただしく?かけ来りすは御大事こそ出来候へ、鷲の庵?の三郎は継信に離れ味方に力無き故に、平家へ注進と存じ候。其の仔細は只今敵の忍びの者、某討ち留め候?に却って某に敵対をいたし、
既に大刀打ちに及びしを、兎角切り抜け敵は打留め候と、以前?の首を差し出す。鷲尾続いて伺候すれば、人々一度にばらりと立ち、 P62


鷲尾を取りまはす。三郎少しも騒がず、あゝこれこれ、御騒ぎ候な、全く作用に候はず、これ安西一足の馬が狂へば、千足の馬を狂はすとは、御辺?が事よ。某を讒するのみか、死したる?敵の首取りて、忍びの者を討ったるとは
如何に弾生弾生聞くもあら?ず然らば汝は敵の首取る某に何?とて討ってかゝりしぞ。これ二つ心の??と言えば、一座の人々鷲尾如何にとつめかくる。鷲尾涙をはらはらと流し、申し上るも悲しやな。
情?の兄の継信が行衛を尋ね出るにぞ、心も乱れ散る花に、埋もれし鎧を継信が、小桜おどしと目もくらみ、嘆き沈み??柄、継信か首討ての御諚なりとて理不?に P63


斬り取りて??候、?據には其の首の口を割って見給へ、鬢の髪の候べしと申もあへぬに、忠信口押割って見給へば、一ト房の黒髪あり。弁慶ものをも言はず、突つと立ち安西が綿上掴んで、えゝ畜生おとりの悪人問答するも
無益の沙汰と城戸の外へかっぱと投げ、あゝ構ふる忠信かま?鷲尾先づ継信を弁慶が司導?してとらせんと、やがて衣を着しける義経を始め、大名小名残りなし?死骸に手をかけ給ひける。
其の時弁慶珠数?おしもみ、汝元来鉄石の如し、極楽もいや、地獄もいや、修羅道に逗留し討たれ死する平家の勢と P64


冥途にても合戦して釋迦弥陀のねむりをさまし、行きたき方へつゝと行けと陀羅泥眞?言?????よみかけて、野邉におくれる春の夢、さめての後の、末の世までためし稀なる。武夫やと皆感ぜぬ者こそなかりけれ。

第四

かくて其の後、佐藤庄司の??へは嘆きを憚りて、忠信よりわざと便よりもせざりければ、庄司一家の人々は夢にもかくとは知り給はず、?内にて別れつる。継信の一子誕生せしを継若と名付け、西国よりの便りをば、
明けぬ暮れぬと待ち給う。兄弟はつねづね作庭を好みにし、凱陣せば見すべしとて様々の木草を植え、 P65


岩ぐみ遺り水心?をつくし、伊香保の沼よりよき松を見立てさせ、数多の人夫持ち来る、庄司夫婦二人の嫁、庭におりいて見給へば、松の枝血に染り、朱になりて見えければ、人々氣にかけ人夫を召し、如何なる事ぞと仰ける。
人夫承り?候、以前?は軽く見えし故、人夫二人にして持ちければ、抜群に重くして取り落し、先の人夫は何事なく、次の人夫が打たれて?を蒙る。散々の事と言ふ。早姫驚きやあ何と言ふ。
氣がかりや、言い直せとありければ、はて何と御聞きなさるゝ。この松の木を取り落し光?の夫は何事なく次の夫が討たれ候定めて命はあるまいと物が言せし辻?占は後にぞ思ひ当りける。 P66


人々興さめ顔を見合せ、暫し詞もなかりしが、庄司縁を取りかへおゝ出目度出目度、小松は平家の大将継信が討ったるぞ。悦の酒宴せんと奥に立ち入り給へども、早姫撙?も落付かず、所詮我が兄の志田の三郎殿を頼み、
この子を連れて西国へ下らんと、旅の営みそこそこに継若をかき抱き、兄の庵に忍び行き、兎角語らひ兄弟は、西国の方へと急がるゝ。

早姫道行
なじみの雪のあけぼのや、月に名残て思ふには、前に我が夫、後に親、思い切る瀬を切らぬ瀬の中に立ちたる澪標(みらづくし)、この身をつくす哀れさよ。されども志田の三郎は妹に力を添へ、
継若を愛しては目?だに覚めたら背にきっとおひ?の殿 P67


ねんねんねこ音?せでおよれ神へ参いろ?行かた、何?水?の岡の葛原風?さわぎ、恨みつわびの世の中の、苦は色かへて青葉山、引馬の野辺に立つ鹿も妻恋いかねて、帰ろとなくはしをらしき、男模様の衣の関?
霞の関?の七重八重、卯?のまがき藤散りて、初?鳥るく声を苫屋の煙一すぢを二つ割なる。常陸?とけ?て、語りし睦言を那須?の春の夢、消えつゝ夢の通い路を、我にな来た?か勿来?の関、花の名残の浅香山、
瀧?流は丈長に、ひゞきを風にたゝませて、平元結の黒髪山、分け行く末は、武蔵?の草にあこがれ露にねて、今は四五は目に馴れし、富士さへ?後に三河の国、過ぎて尾張の渡舟、乗りて走りて伊勢もはや、
とまらぬ関の地蔵堂、似合ひ似合ひのつま?く、 P68


誓ひくちすな朽ちなば朽ちよわが中の、恋は埋らぬ土山や、近江の湖は??中て見ずのみどりも影うつる。???りし峰は八王子、?一社の神所、猿は山王まさる目出度、御代のしるしは松来?の松?く、
柳は端手に竹ほしなへて伏見の里、??神崎西の宮?、?のにしき、唐江に行く水を????????と水くゝる。筧伝ひの里を越え、川を越えつゝ山越えて、谷を越えても一の谷、又の谷三の谷、
こゝもこの度つはものゝ、兵庫の津より追?の船は三つ羽の八島の浦、浦波かけて?ふける、柴の庵につき給ふ。庵の内もの申さんとあれば、主の女扇をあけ、 P69


比富は源平の合戦未だ治まらず、他国の人にはむさと宿は参らせず、何方よりと問ひければ、志田聞いて、我々は出羽の国佐藤が所縁の者、軍の次?兄弟が有様聞かまほしく遥々上り候と言えば彼女聞きもあへず、
扨は左様に候か、自は此の所の狩人鷲尾の三郎と申す者の姉なるが、継信様の御蔭にて弟は源氏の侍となり、御恩を受けし者に候。軍は未だ終わらねど、平家は大方滅びし由、継信様の御事は、
能登殿の矢に当り果て給ふとやらん聞きしかど、女なれば戦場へ出たる事も候はず、委しくは存ぜぬなり、いざ弟?鷲尾庵が陣所に直に様子を問ひ給へと言えば、 P70


志田悦び送?らば御伴申さんと、早姫継若庵に残し、?の女と打ち連?れて陣所をさしてぞ急ぎける。痛はしやな早姫は継若をかき抱き主の女の物語り、もし?ならば如何せん。哀れ偽りなれかしと便り待つ間の待ち遠く、
袖も心もくづをれてとつりづりの仇?り枕が上に駒の足?並?の音に夢さめて、庵の内に入り来るとみれば、夫の継信小桜縅の物の具かためとさとさとして見え給うならわが夫か継信殿かと抱き付き、うれし涙を流せしが、
やゝあって能登の守の夫に当り、?前後とも聞きし故、如何ばかり案?ぜこが、これは嬉しき御事とあれば、おゝ既に死なんとしけれども、胎内にまき捨てし情の?のみどり子に P71


心ひかれて潮時の夜に三度目に三度軍の隙はなけれども、しばしの暇賜はりて、是迄は来りしと又さめざめとぞ泣き給ふ時に山鳴り、谷應へ、天地六種に震動して天地を裂くる如くなり。継若わっと泣きければ、
いや苦しからず、又こそ平家が寄せ来る、一と軍して駈け散さん。見物せよやと打ち出づれば、平家は寄せ来る?の面に大将を始めとし一門の月郷雲霞の如く?意?の鉾先我慢の劔刃を?へあらはれし。
空の景色も引きかへて、弥生半の春の色、今日の修羅の敵は誰ぞ、おゝ能登の守教経よ、あら物々し手並は知りぬ、其の一念の怨?の矢先、思ひぞ出づる壇の浦の其船軍今も亦、 P72


?浮にかへる生死の海山一同に震動し五塵六慾の風立って生死の海の厚氷とくれば、味方むすべば敵走り、かゝってはつしと打つ打たれてさっと引汐の又さしくるは五逆?の太刀、?妄執の山廻り、消えて形はなかりけり。
継信庵に走り入り、見給ひたるかあの如く、月夜の軍は繋けれど、妹背の契、この若に逢ひた見たさに束たりしと継若膝に抱きのせ、涙にくれて見えにけり。かゝる所へ志田の三郎、鷲尾兄弟、忠信諸共帰へらるゝ。
早姫走り出で、なうおそかりし継信殿も待ちかねて御入り候といふ。人々驚き死して程ふる継信これにありとは夢ばしみたるか現かと言へば、はて最前より御出でにて継若を寵愛しまします、 P73


先づ入りて逢い給へと言ひけるにぞ、猶しも不審晴れねども庵に立ち入り見給へば、南無三宝継信が面影は小桜縅の物の具に継若ばかり抱き付き、在りし形はなかりけり、早姫これはと縋りつき、
なら継信殿わが夫よ呼べど叫べと甲斐ぞなき、物の哀の限りなき、早姫涙の隙よりも、くどき給うぞ道理なる。扨も扨も自らほど世に浅ましき者はなし。かりそめに馴れ?参らせ三蔵に足らで別れし事、宿世如何なる報いぞや、
せめて恩愛の好みには、今一度継若が我が妻かと、ほどや詞をかけ給はぬ、なら継信殿継信殿と甲斐無き鎧に抱きつき伏し沈みてぞ泣き給ふ。誠に故郷の庄司殿、かくなり給ふとは露しろしめされずし、 P74


やがて凱陣し給はんやと??暮れ待ち侘び給ふらん、これにつけても過ぎし頃、造庭?を綺麗にとて振りよき松をもとめ給ひ、兄弟が帰へりなば、??に植え置き見すべしとて数多の人夫持ち来り、重くて過ちしけりしと、
いひし詞の氣にかゝり、心許なう?思はれて取りあへず、上りし?空こくならせ給ふとの扨は?にてあ?しよな、生は死の墓、逢ふは別れと言ひながら思へば思へば悲しやと流?こがれ泣き給ふ。
忠信涙を止めかね、扨は現に魂の妻子を慕ひ来り給ふか、などや某にも見させ給はぬ兄上と鎧にすがり嘆くにぞ鷲尾兄弟ものに騒がぬ三郎も、小手草摺取り付きて、 P75


人目もわかず泣き叫ぶ、目もあてられぬ次第なり。安西の弾生太郎は御前?に恥辱を取り武士の交りならざるもいよいよ彼奴等があす業(わざ)と一味の悪黨引具し跡よりつけて来りしが、扉蹴破り無二無三に込入りける。
心得たりと忠信、継若を抱き取る。志田表に駈け塞り、ふと扨は聞及びし??よな、愁に沈みし弱身をひく我々を討たんと??は余りに持ちあぐんだな、軍?せまいと誓文は立てたれども、
汝(おのれ)を殺する鼠ぞと言より早く引き掴み、押つ伏せ、側なる大石おっとりて、背骨にどうど押しかけ、さあ鼠殿、チュウと言へ、と地獄落しに押しつくれば、五体?砕けて死してけり。猶も進む奴ばらを、 P76


四方へぱっとおっ散す、人々悦び立ち重り、?頃の遺恨を散ぜし事、亡者も悦び給ふ。???いざや菩提を弔はんとかねて継信帰依したる都法然上人を頼み申さん。此方へとて都路さして上らるゝ源平両家?の物語、
物の哀は夛けけれど、かゝる例は上古にも又末代にもあるべからずと皆感ぜぬ者こそなかりけれ。

第五
かくてその後、回?海波静かにて国も洛?る時の風、早打の使として源八廣綱?院の御所に馳せ参じ、扨も九郎判官義経、朝敵追討の院宝を蒙り八島、壇の浦、赤間、門司、関所関所の軍に平家一門?く討ち滅ぼし、 P77


宗盛父子を生捕り、天下太平の御代と罷り成り候?、内侍所?の御?箱、事故なく都へ入?なし、奉るべき由謹んで奏しける法皇、?感浅からず。廣綱に兵衛の尉と賜り、源八兵衛を召されける。
郷相雲容洛中洛外近辺の民百姓源氏の御代は萬々歳、千秋楽とぞ祝ひける。扨、廣綱は?簾近く参り、軍の次第御物語仕れとの宣旨なり。廣綱承り宣旨もだし難く候へども出羽庄司が伜佐藤継信と申す者、
義経の命に代り討死仕って候。彼が親族新黒谷にて追善の佛事取りまかない候故、義経が代参として回向仕るべきよし申付け候へば、 P78


先づ黒谷へこそと申し上ぐれば、尤も殊勝の至りなりと御暇下さるれば、広綱悦び袖にも余る身の冥加と退出するこそゆゝしけれ、西の迎への紫雲山、新黒谷には継信が追善とて佛前に位牌を立て燈?香華を具へ、
四十八夜も結願にて早姫継若参詣あれば老若男女郡集して回向をなすぞ道理や。
かくて法然上人は御弟子数夛左右に具し?座?に上らせ給ひける。?八兵衛広綱は義経の名代にて大黒といふ名馬、判官?秘蔵ありけるを継信度々所望せしが、朋輩の猜みとて遂に下し給はず、御愁嘆の余りにや、
亡者に贈り牽?かるゝと墓のめぐりを三遍牽?いてめぐりければ、馬も毛を伏せ耳をたれ、 P79


しおれし風情ぞ哀れなる。暫くあって志田の三郎参詣す。蓮生座を立ってあや御分は志田の三郎か、我こそは熊谷入道よ。命あれば逢ふたよな。先づこの度は力落?し、して忠信、鷲尾などは見えざるか、三郎志田と言へども、
更に返答せず、心静かに回向する、蓮生腹を立て????と思ひ近付きもどす?奉が帳?頼むまい、見ぬ顔するな卑怯者、と言えば、えゝかしまし、卑怯とは和僧が事よ、この坊主を卑怯者とは何事ぞ、
やれ待はな親元?に離れても死骸を押しのけ、軍する武士といふ。忠信鷲尾は継信が憂ありと?も軍終らねば墓へも参らず、欺く言ふ志田も仔細あって侍はやめたれども安西?の弾生太郎といふ。 P80


悪人を討ったるぞ、敦盛の情があり、いや無情?と観?ずるなどとて軍中より出家する。これ何と卑怯ならずやと言えば、蓮生大手を叩いてからからと笑い、こりゃ凡夫無情?を見ては従へるを誠の侍とは申すなり。
花のやうなる敦盛を、我が手にかけて討ちし事、なんぼう哀れに存ずる故、待止めて出家すれば芝?の人も佛になり、我が身も佛、呆にに至るがこれが合点がまいらぬか、こりゃ志田の三郎と言へば、志田は一念発起して、
有難有難?最早疑心は晴れたりもとゞりふっと切って捨て押、肌ぬいで太刀と逆手に取り直す。蓮生押止め、これ何事と言へば、志田聞いて、念佛我?功力にて住?生せんと聞くからは見ながら沙婆苦界に片時も存へ何かせん P81


腹かきやぶり極楽へ早く住かんと言へば、おゝ頼もしき大?の佛者かな、さりながら如何に念佛申しても、修行の功積らでは、住?生になりがたし。志田聞いて、誤ったり誤ったり然らば某出家になり、
継信が菩堤を弔はん?心なり。早く出家せさせてたべ、法然聞召し、さてさて殊勝の心ざし、蓮生とても其の通り、然らば出家せさせんと、やがて援戒をなされける。則ち志田坊とぞ申しける。
如何に蓮生継信が相果てしより妻子が嘆き、彼是を見るにつけても、いとゞ?哀れに候わと、涙を流し給ひける。法然聞召し、嘆き給ふも道理なり。継信は君の御用に立ち、死したれば?佛は疑ひなし。
いでいで弔ひ得させんと虚空に向って手を合せ、 P82


向って手を合せ門門不同八草四千為?滅無明果業因利劔即是弥陀?一聲称念罪皆南無阿弥陀佛と唱へ給へば、不思議や佛前に立てたる位牌、動くと見えしが忽ち継信が形を?しあら尊しの御弔いや只今の功力により
修羅の苦患を免れ今は妄執晴れたりと忽ち佛?と?れ?の空へ飛び給う。有難し有難し佛法繋昌御代繁昌、目出度からともなかなか目出度か?限りなりけり P83