「門出八嶋」 初段「出陣の場」(うっがんめい)
さてもそののち、かくとは知らず、三郎さぶろう兵衛びょうえ継つぎ信のぶは氏神うじがみの社やしろに詣もうで、幣奉ぬさたてまつり礼拝らいはいし
「源氏げんじの大将たいしょう御出陣ごしゅつじん、願ねがわくは 其それがしを御供おんともに具ぐせられ、神力じんりょくを以もって高名こうみょうし、誉ほまれを残す雲の上、南無なむ弥や紫むらさき明神みょうじん」
と、肝胆砕くだくゆうだすき。優ゆうにやさしき女の声。斎い垣がきの内うちより、
「継つぐ信のぶ様さま、継信様」
と呼びかくれば、はっと驚きおどろき
「何者なにもの!」
と言えば、立たち出いで、袖そでをひかえ、
「いや、申し、お気遣きづかいな者ではなし。妾わらわは 当社とうしゃの神職しんしょく、行ゆき春はるが娘、幾代いくよと申す者なるが、御舎弟ごしゃてい忠信ただのぶ様さまとは忍びあいに合あい惚ぼれの、神しんぞいとしさかわいさは、命も磯いその海うみを越こへ、山を隔へだてて西国さいごくへ、義経よしつね様さまの御供おんともを、望のぞみ給たもうと承うけたまわる。上方かみかたは色所いろどころ。心許こころもとなう思われて、恥はじを言わねば理りがたたず。悋気りんき深ぶかきは生れつき。兄あに上うえ様の御意見にて、とどめまして給たまわらば、今生こんじょう後生ごしょうの御慈悲ごじひ」 と、手を合わせてぞなげきける。
継つぐ信のぶ、折おりに幸いと、
「おお、道理どうり。さりながら、忠信ただのぶ血気けっきさかんにて、兄が意見は聞き入れず。御身おんみすがりついて泣きくどき、ひたすら泣いてとどめ給たまえ。泣なき給え」
と、教おしゆるところに、忠ただ信のぶ・早姫はやひめ来きたりしが、
「あれこそ兄よ」
「弟よ」
と、二人ふたりの女おんなを面面めんめんに隠かくしおき、
「やあ、兄者人あにじゃひと」
「おゝ、忠信か」
と、互いに知らぬ挨拶あいさつは、おかしくも又殊勝しゅしょうなり。暫しばらくあって継信、
「このたびの我が君きみ、西国さいごくの御供おんとも、兄弟きょうだいの内うち一人ひとりとの御錠ごじょう。其それがし 罷まかり向かって、高名こうみょうすべき立願りつがんに参詣さんけいせし折から。汝なんじは何とて来たりしぞ」
忠信聞いて、
「いやいや、この度は、其それがし御供おんとも申もうすべし。総領そうりょうの身が討死うちじにせば、誰たれが家いえを継つぎ申さん。総そうじて国くにを守まもるは上うえたる役やく。一騎いっき武者むしゃの働はたらきは下したたる者の役なれば、是非ぜひ忠信ただのぶが御供おんとも」
とぞ申もうしける。継信、聞ききもあへず、
「おことが言葉も一理いちりあり。さりながら、その方ほうは若き者なれば、核さね固かたまらず武者なれず、晴軍はれいくさは覚おぼ束つかなし。国に残りて父母ふぼに仕つかえよ。今度このたびは継つぎ信のぶが向かおうず」
と言えば、忠信気色きしょくを損そんじ、
「『秋あきの木この実みなどにこそ、核さね固かたまる』ということあれ。『若きものにて晴軍はれいくさがなるまい』とや。これ勝負は老少ろうしょうによるべからず。兄とは生まれ給たまえども、晴軍はれいくさはあぶなもの。只ただ、其それがしを上のぼられよ」
と、あざ笑わらうてこそ申しける。継信腹に据すへかね、
「晴軍はれいくさはあぶなしとは。さては其 それがし、臆病おくびょうすべき者と思うか」
「おゝ、臆病は目の前よ」
継信いよいよ腹を立て、
「臆病者おくびょうものの弟なれば、汝なんじは尚なおも臆病ならん」
「のう、恥はずかしけれども、この忠信は、臆病おくびょうすべき絆ほだしなし。貴殿きでんは国に絆ほだされ、さてこそ臆おくし給たもうらめ」
「いや狼狽者うろたえもの、国に引かれんとは。我が親は汝なんじも親。もっては同おなじ道理どうりよ」
「のう兄者あにじゃ人ひと。親おやに親おやは変かわらねども、この忠信は、志田しだの三郎さぶろうが妹いもうと、 早姫はやひめという絆ほだしをもたぬ」
と言う。
継信はっと思えども、さあらぬていにて、
「ふゝ、それは誰たがこと。身に覚おぼえなし」
と言えば、忠信ふっとふき出いだし、
「必定ひつじょう、覚おぼえそうらわぬか」
と、姫ひめの手てを引ひいて出いでける時、継信、立って逃げんとす。
早はや姫ひめすがり引きとどめ、忠信ただのぶ悦よろこび、
「そりゃ、そこが泣きどころ。泣け泣け」
と呼ばれれば、
「西国さいごくへは、のうやりませぬ」とぞ泣なき給たまう。
継つぐ信のぶ、赤面せきめんしながら、
「幾代いくよ、幾代いくよ」
と呼びければ、するすると走はしり出いで、
「忠信ただのぶ様さま、妾わらわを捨すてて西国さいごくへ行ゆかんとは、お心こころも変わりしか。どうでもやらぬ」
とすがりつく。
「そりゃ、そこが泣きどころ。早姫はやひめ泣なけ泣け」
「幾代いくよ泣なけ」
兄弟きょうだい顔かおに袖覆そでおおい、花に鶯うぐいす、時ほとと鳥ぎす、一度いちどに持もつ姿すがたかや。ただ泣け泣け、とぞばかりなり。
かかるところに父の庄司しょうじ、君きみを供奉ぐぶし、志田しだもろともに来きたらるる。兄弟きょうだい驚おどろき、二人ふたりの女おんなを隠さんとす。
「ああ、暫しばらく暫しばらく。苦しからず」
と押し留とどめ、
「やれ、子どもよ。君を御供おんとも仕つかまつり、これまで来きたることの余よ義ぎなし。兄弟きょうだいの内うち、一人ひとり頼たのみさたとの仰おおせをこうむり弓矢ゆみやの冥加みょうが、庄司しょうじが老ろうのよろこびなり。『兄あにか弟おとうとか、いづれか剛ごうなるを参まいらせん』と思うところに、兄弟、義ぎを重おもんじて争あらそう心しん底てい。庄司しょうじが子どもは剛ごうのもの。おお、頼たのもしし、頼たのもしし」
と嬉うれし涙なみだを流さるる。
「さて汝なんじ等らは忍しのび妻つまを持ったるとや。情なさけに迷まようは、よき兵つわものの癖くせぞかし。二人の上じょう臈ろうを嫁よめに取り、子どもと思い慰なぐさまば、庄司しょうじは老ろうの楽たのしみあり。この上うえは、兄弟きょうだいもろともに御供おんとも申もうせ」
とありければ、継つぎ信のぶ、忠信ただのぶ悦よろこびて、勇いさむ心こころのゆゆしさよ。庄司しょうじ、重かさねて申もうさるるは、
「彼かれ等ら兄弟きょうだい、心しんは剛ごうにて、弓矢かけおい、打うち物取ものとり、馬こま引き寄せて打ち騎のりて、敵てきに向かう其その時は、千騎萬騎せんきばんぎにも劣おとらぬ者にて候 そうらへども、幼き時より主しゅを持たず、奉公ほうこうの道は存ぞんぜず。我わが君きみにまかせ参まいらする庄司が心を察さっしあって、御目おんめを掛かけて召使めしつかわれ下くださるべしと引廻ひきまわしてたべ、朋輩ほうばい達たち。
さて汝なんじ等らも、今が親子の別れなり。父が教訓を保ちて、君きみに不忠ふちゅう仕つかまつるな。今日きょうよりしては、庄司しょうじを親と思うなよ。親にも主にも君きみ一人ひとり。一いち命めいを奉たてまり、身みは無き者と心得こころえて、よき敵てきと見るならば、押並おしならべて、むずと組み、首くび取りて名をあげよ。仁義じんぎ知しらぬは猪いのしし武者むしゃ。兄あには弟おとうとを介抱かいほうし、弟おとうとは兄あにに背そむくなよ。引くときも兄弟きょうだい連つれて引け、駈かくも兄弟連れて駈かけよ。兄を討たせて、国許くにもとの父や母が恋しゅうとて、弟おとうと一人ひとり帰かえろうと思うな。弟を討うたせて兄帰るな。老おいたる親さえ思い切る、今いまを盛さかりの若わか武者ものども、心を残すなよ。今日きょうの門出かどでを末期まつごと極きわめ、潔いさぎよく討死うちじにせば、生きて親子の対面たいめんよりも、なおしも嬉うれしかるべき」
と、涼すずしげに勇いさむれども、さすが老後ろうごの親子おやこの別わかれ。さえぎる涙なみだせきあえず、かく言うはふびんさ故ゆえ、
「花の様なる若者を 死ねとは更さらに思わねど」
後前ごぜんをも打ち忘れ、兄弟きょうだいにすがりつき、暫しばし消え入り泣きぬれば、御大将おんたいしょうを始めとし、在あり合あう諸武士しょぶし一同いちどうに、袖そでをしぼらぬ者はなし。
然しかるるところへ、入間郡いるまごおりの武者所むしゃどころ、安あん西ざいの弾だん正太郎じょうたろう氏うじ繁しげ、あわただしく馳はせ参さんじ、「さても平家へいけの一門いちもん、君きみの御発向ごはっこうの由よし 伝つたえ聞きき、四国しこく八島やじまに立たて篭こもり、軍いくさの用意ようい眞まっ最中さいちゅうと承うけたまわり候そうろう。片時かたときも早く御出陣ごしゅつじん然しかるべきと候」
と、大息おおいきついで申しける。判官はんがん、聞きこし召めし、
「おお、もっともさぞあらん。さりながら、幾萬騎いくまんきこもるとも、ものの数とは思わぬなり。如何いかに弾だん正じょう、是これなる者は佐藤さとう庄司しょうじが子息こども、三郎さぶろう兵衛ひょうえ継つぎ信のぶ、四郎しろう兵衛びょうえ忠信ただのぶという兄弟あり。向後こうご心こころを合わせ、今度このたびの合戦かっせん、潔いさぎよく励はげむべし」
と、おもむろに宣のたまええば、弾だん正じょう承うけたまわり、
「さては聞きき及およびし、御兄弟ごきょうだいにてましますよな。誠に御器量ごきりょうと申し、 遖あっぱれお侍さむらいに候そうろう。
さればいくさは勢せいの多少たしょうによるべからず、只ただ一心いっしんの励はげみ第一だいいちとかや申し候。貴殿きでん達たちは未まだ不ぶいくさにて、今度このたびが初めならん。構かまえて構かまえて、不覚ふかくばし取り給たもうな。さらば、君迄きみまでの御恥辱ごちじょくぞ」
と、人もなげにぞ申しける。兄弟きょうだいむっとせきあげしが、押おし鎮しずめ、
「如何いかにも如何いかにも。仰おおせの如ごとく我々われわれ兄弟きょうだいは、遂ついに軍いくさとやらんは如何様いかように働はたらき候そうろうも、かつて存ぞんぜず。然しかし乍ながら、貴殿きでんの指図さしずを以って、随分ずいぶん励はげみ申もうすべし。若もしまた、いくさの次第しだいにより、先駆さきがけ、生捕いけどり、分捕ぶんどり、高名こうみょうは、仕し勝かつに候そうろう間あいだ、必かならずお気にかけられよな」
と、おこがましく申しける。弾だん正じょう、気色きしょくを損そんじ、
「やあ、兄弟きょうだい。昨日きのう今日きょう、侍さむらいに交まじり、戦場せんじょうにて高名こうみょうせんとや。さても口は重宝ちょうほうなもの。言われたり言われたり。いくさは先駆さきがけいたさんより、只、我が下知げちに任まかせられ、命いのち大事だいじにせられよかし。悪あしき意見は申さぬ」
と、嘲笑あざわろうてこそ申しける。
兄弟は今堪たまり兼かね、
「おお、この上はたださて、御辺ごへんの下知げちに任まかすべし。御出陣ごしゅつじんの門出かどでなれば、兵法稽古ひょうほうけいこ仕つかまつり、御伝授ごでんじゅにあずからん。いざ参りそうらえ」
と、太た刀ちに手をかけ、詰つめかける。弾だん正じょうも飛びしさり、刀たちを抜ぬかんとしける時、志田、中へ割って入り
「是これ、是これ、この稽古けいこ、其それがし貰もらい申もうさん。最前さいぜんよりの詰つめ開びらき、皆、君を大事だいじに思わるゝ故ゆえにてあり。侍さむらいたる者は、さほどの人ならでは、戦場せんじょうへは出いでがたし。おお、もっとも、もっとも」
と、わざと座興ざきょうに取りなして、事ことなく鎮しずめしは、誠に文武ぶんぶの侍なり。判はん官がん御覧ごらんじ、
「志田しだが了簡りょうけん一々いちいち以もって至極しごくなり。如何いかに雙そう方ほうの者共ものども、かまえて意趣いしゅを残のこすべからず。今この度たびの出陣しゅつじんは、義経よしつねが一生いっしょうの晴軍はれいくさぞ。随分ずいぶん励はげめ、面々めんめん」
と、勇いさみに勇いさんでそれよりも、西国さいごくさして発向はっこうあり、門出かどでめでたし、千秋楽せんしゅうらく。めでたかりとも、なかなか申すばかりなりにけり。
「門出八嶋」 第二段「八嶋合戦の段」(いくさんば)
(弁慶の段切)
さてもそののち、九郎くろう判官はんがん義経よしつねは、頼より朝とも卿ごうの代官だいかんをこうむり、一の谷を攻め破やぶり、八嶋やしまにご陣じんをめされける。
時ときは文治ぶんじ三年さんねん三月さんがつ十八日じゅうはちにち。大将軍たいしょうぐんの御出で立ち赤地あかじの錦にしきひたたれ、紫むらさきすそごの御着おんき背せ長なが、鐙あぶみふんばり鞍くらがさに突っ立ちあがり
「一院いちいんの御使おんつかい、検非違使けんびいし五位ごいの尉じょう、源みなもとの義経よしつね」
と高たからかに名乗なのりて、よせ来くる平家へいけの兵ひょう船せんを、今や今やと待ち給たもう。佐藤さとう兵衛びょうえ継つぐ信のぶは、父が送りし小桜こざくらおどし、綿上わたがみ高たかに着流きながし、今朝けさまで着ちゃくせし鎧よろいをば、鷲尾わしのおにうち着せて、馬うまを乗のり捨すて、御馬おんうまの前にかしこまる。大将たいしょう、ご覧らんじ、
「彼はいかなる降人こうじんか」
「いや、これは継信が弟にて候う。御馬おんうまの先さきにて討死うちじににさせ申さんため、召し連れ候う」
と申せば、判官重ねて、
「継信が弟は忠信ただのぶばかりと覚えしが、心得こころえがたし」
との給たまえば、継信謹つつしんで、
「さん候う。彼はこの辺あたりの狩人かりうど、鷲尾わしのお三郎さぶろうと申すもの。人と生まれし思い出に、侍さむらいに交りたきよし、彼が姉たって嘆き候ゆえ、色いろ知しらぬ東夷あずまえびすの継信め、志にほだされ、兄弟の約諾やくだく仕つかまつって候う。あわれ御馬おんうまの口に召しつけられそうらわば、ありがたくそ
うらわん」
と申し上ぐれば、義経ほとんど悦喜えつきあり。
「あっぱれ器量きりょうの若者。継信は果報者かほうものに。あやかりたし。いかにもそれがし召使い、弓取りとなすべきか、とてものことのついでなれば、姉はどふぞなるまいか」
と、たわむれ給えば、鷲尾わしのおは鎧よろいの袖そでを顔にあて、恥ずかしそうなる武者振むしゃぶりに、敵も太刀たちをば捨てぬべし。安西あんざいの弾だん正じょう太郎たろう、後陣こうじんよりつうっと出いで、
「継信殿のご舎弟、御近づきになり申さん。やあ、これはこのごろ陣屋じんやにて、草鞋わらんじ売うりたるこわっぱなるが、これが貴殿きでんのご舎弟か。はて、よい弟を持たれたり。向後こうごわれらも得意とくいとなり、草鞋わらんじあつらえ申すべし。軍中にもちゆるからは、百里ひゃくりも二百里にひゃくりも歩まるるよき草鞋が求めたし。値あたいにはかまわず、朋輩ほうばいの仲なかなれば、五銭ごせん三銭さんせんは、ただにもとらせてやろうわい」
と、さもにくていにぞ申しける。継信はむっとせきあげしが、おししずめ
「おお、易やすいこと易いこと。さりながら、百里、二百里はく草鞋が何の用に入り申す。ふふ、合点がってんたり合点たり。臆病風に寒気立ち、大敵に追っ立てられ、本国へ一ひとっ飛とびに逃げ行くための草鞋か。おお、安いこと」
といえば、弾正重ねて、
「これさ、何にもせよ、我が脛すねは、人に変わってたくましし。これに合わせて作ってくれよ」
と、土足どそくを継信が膝元ひざもとに踏み出いだす。継信、太刀たちに手をかけ、
「ほほ、見事みごとなだんびらずね。この足にて逃げたならば、天竺てんじくまでも一ひとっ飛とびならん。養よう老骨ろうぼね、切り取って、形かたに合わせて作らせん」
と、太刀たちを抜けば、弾だん正じょうも飛びしさってずばと抜く。土肥どい、佐々木ささき、畠山はたけやま、弁慶べんけいなど左右さゆうにすがり、
「これは不吉」
としずむれども、
「放はなせ放せ」
とねじ合うところに、平家の兵ひょう船せん漕こぎ連れて、ときの声をぞあげにける。そのひまに、同士いくさもようよう治めしずまりぬ。三人乗ったる小船しょうせん、磯近く漕ぎよせ、大将たいしょう船ふなはしにつうっと立ち上がり、
「一品いちぽん式部しきぶ卿きょう、葛原かずらはらの親王しんおう、九代くだいの後胤こういん、能登のとの守かみ教のり経つね。源氏げんじの大将たいしょう義経よしつねに、見参けんざんの印しるしに、小兵こひょうながら中なか差ざしを参らせん。受けてご覧そうらえ」
と、大音たいおん上あげてぞ申さるる。判官はんがん陣頭じんとうに駒こまかけすえ、
「おお、ものものし。能登のと殿どのの御弓勢ゆんぜい、関東までも隠れなし。只中ただなかに受け止とどめて、九郎くろうが鎧よろいの札さね試ためしとう存ぞんずるなり。このほどが所望しょもうぞう」
と、胸をたたいての給えば、すわや源平げんぺい両大将りょうたいしょう、安否あんぴはここぞと敵てき味方みかた、かたずをのんで見るところに、小桜おどしに鹿毛かげの駒こま、味方みかたの陣を一文字いちもんじに乗り分けて、矢面やおもにかけふさがり、
「そもそも、これこれは出羽でわの庄司しょうじが総領そうりょう、佐藤さとう三郎さぶろう兵衛びょうえ継つぐ信のぶとは、我がことなり。本国ほんごくを出いでしより、露命ろめいは君きみにたてまつり、かばねは八嶋の魚ぎょ口こうに与あたう。能登殿の大矢おおやを、それがし試こころみ仕つかまつり、閻魔えんまの帳ちょうの巻頭かんとうに訴うったえん。矢や壷つぼは君きみと同前どうぜん」
と、弦つるはしを二三度にさんどなで、にっこと笑うて待ちうけしは、目を驚おどろかすありさまなり。
教のり経つねは、仁じんある大将。感じさすが放ち得ず、菊きく王おう仕切しきってすすむれば、また、げにもとや思われん。五人ごにん張ばりに十五じゅうご束つか、からりとつがい、引ひき絞しぼり、しばし固めて、えいやっと切って放せば、あやまたず継信が胸板むないたに、はっしとあたり、血煙ちけむりがぱっとたつ。継信弓矢ゆみやうちつがい、答とうの矢やを放さん引かんと、二三度にさんど、四五度しごどしけれども、魂たましいくらみ息も切れ、左手ゆんての鐙あぶみ蹴け放はなって、右手めてへかっぱと落おちけるは、無残むざんなりける次第しだいなり。菊王首とらんと、おり立つところに、忠信がはるかに放つ矢が、左の袖にずばっと立ち、どうっと伏すを、能登の守、舟ふなより飛び降り、菊王が上帯うわおびをつかんで、船底ふなぞこへ投げ入れ給えば、大力たいりきにうっつけられ、微塵みじんに砕くだけて死してんけり。これを見て、平家の軍兵ぐんぴょう、舟乗り捨てて、我先われさきにと陸くがへさっとうち上がる。兄継信が孝養きょうようと、忠信真まっ先さきかけければ、鷲尾わしのお三郎・信夫しのぶ兄弟、彼に続いて、源氏げんじのつわものかけちがえ、入れ違え、もみにもうてぞ戦たかかいける。
戦いくさ半なかばに武蔵坊むさしぼう弁慶べんけいは、首二三十にさんじゅう、数珠じゅずつなぎにして、ひきずり来たり。
「討たれしものの追善ついぜんに、首くび数珠じゅずを思いたち、今少したらざれば、奉加ほうがに入りたまわれ」
と、長刀なぎなたとりのべ、切ってかかれば、よせてはさっとひきたるる。
「ええ、しわいこと。後生ごじょうに何が惜おしいぞ」
と、逃げくる敵を追い回し、ねじ首・打ち首・胴ちぎり・筒抜つつぬき、牟礼むれ高松たかまつを縦横たてよこに、追おい返し、追い戻し、打ち立て打ち立て斬りまわるは、すさまじばかり勢いなり。波に漂ただよい失せしもあり、人馬じんばにせかれて死すもあり。かなわじと、平家の勢ぜい、飛び乗り飛び乗り舟は沖、陸くがは陣所じんしょへさっとひく。弁慶は立ち帰り、討ち取る首を繋つなぎ添そえ繋つなぎ添そえ、
「おお、これでこそ数珠じゅず一連いちれん、百八ひゃくはち煩悩ぼんのう作らんより後生ごしょうが大事だいじ。南無なむ阿弥陀あみだ。南無なむ阿弥陀仏あみだぶつ」
と念仏ねんぶつし、本陣さして帰りける。
「あっぱれ違駄天いだてん・婆ば羅門天らもんてん・鐘馗しょうき大臣だいじん、獅子しし王おうの、荒れたる姿もかくやあらん」
と皆みな感かんぜぬものこそなかりけり。
「門出かどで八嶋やしま」 第三段「八嶋の浦の段」(提灯ちょうちんとぼし)
夕ゆう霞がすみ八島やしまの浦うらの松まつ暗くらく、群むれいる鷗かもめ立たち騒さわぎ、戸と渡わたる舟ふねのかじの音、しんしんとしてものさびし。やみの声、矢や叫さけびも磯いそうつ波にひきかえて、移うつり変われる境界きょうかいは、明日の身の上思おもわせて、あわれ催もよおす沖おきつ風。磯いそ山桜やまざくらかけ散ちるも、心を砕くだく種たねとなり、いとものすごき浦曲うらわかな。継つぎ信のぶが忠勤ちゅうきん、感かんじ思おぼしめし、
「今いま一度ひとたび対面たいめんせばや。たずね来きたれ」
と忠信ただのぶ仰おおせをこうぶりて、信夫しのぶ兄弟きょうだい左右さゆうに具ぐし、泣く泣くご陣じんを出いでけるが、
「いざ、立たち別わかれ、たずねん」
と、塩屋しおやの辻つじより主従しゅじゅうは三方さんぽうへこそ別わかれけれ。まだ宵闇よいやみの夕ゆう曇ぐもり、浦うら寂さび渡わたる春の夜は、
心こころぞ秋の夕なるに、洲崎すざきの堂どうの西東にしひがし、牟礼むれ高松たかまつの北南きたみなみ、
「奥州おうしゅうの佐藤さとう殿どのやおわするか。継つぎ信のぶ殿やおわするか。君よりの御ご諚じょうにて、弟の忠信がお迎むかいに来きたりし」
と、静しずかに呼ようで通とおれども、答こたふるものこそなかりけれ。今朝けさは兄弟きょうだい連つれたりに、今宵こよいはじめて一人ひとり行ゆく、八島やしまの波なみの音おとさえも、昨日きのうに変わる心 こころして、
「のう継つぎ信のぶ殿どの、兄上あにうえ」
と呼ばんとすれども声立たず、峰にひびくは松の風。苫屋とまやの方にかすかなる、手負ておいの声の聞こゆるを、嬉うれしやたれかと走り寄れば、群むれて友とも呼よぶつま千鳥ちどり、ぱっと立っては乱みだれ行く。後ろの山に声するは、信夫しのぶが呼ぶこだまにて、継信とも佐藤さとうとも、答こたうるものはなかりけり。今は力も槻つき弓ゆみに、いるかいなさにかけめぐり
「のう兄上あにうえはおわさぬか。継信殿やおわするか」
と、声をばかりに呼び立て呼びたて、また伏ふし沈しずみ嘆なげきしは。
むざんやな、継信は、精兵せいひょうに急所きゅうしょを射いられ、大事だいじの痛手いたでといいながら死にもやれず、片割かたわれ舟ふねの片かた陰かげに漂ただよひ伏していたりしが、弟の声を聞くからや、ようようにはい出いで、
「忠信か」
と聞くも嬉うれしく走りより、
「まだ存命ぞんめいましますか」
と、すがりついて抱だき起おこし、額ひたいをおさえ、
「御傷おんてはいかが」
と問いければ、今を限かぎりの継信は、我が身のことはさておいて、
「君きみはいかほどに渡わたらせたまふぞや。御身おんみは傷をも負おわざるか。味方みかたは何いかほど討うたれしぞ」
絶たえゆく息いきの下もとにさへ、弓矢ゆみやとり身みの一言いちごんと伝え聞くだにあわれなり。忠信涙をおさえ、
「君もわれらもつつがなく、いくさは味方の勝利しょうりなり。御共おんとも申せとの仰おおせなり。具ぐしまいらせん」
と言いければ、
「おお嬉うれしし。最期さいごに君を拝はいし御前ごぜんにて死すべきぞ。つれてまいれ」
というところに、信夫しのぶ兄弟きょうだいかけ来きたり、とかくしつらい、洲崎すさきに堂やしろの破やぶれ戸どに、継信を抱いだきのせ、さきは忠信、後ろは信夫兄弟がかきそえて、涙にしおれて、たどたどと行ゆくや、東の山の端はに、月ほのぼのと出いでにけり。